ダボス会議で最高のスピーカーは誰か 田坂広志 多摩大学大学院教授に聞く(1)
特に、それがダボス会議での、大統領や首相など、国家リーダーのスピーチである場合には、そうした「心の弱さ」が伝わることは、致命傷になります。
なぜなら、ダボス会議の聴衆は、もともと、そのスピーチを通じて、その国家リーダーの「人物」を値踏みしようとしているからです。すなわち、その場で、「場に呑まれる」という状態になるということは、その国家リーダーの「指導者としての資質」に、大きな疑問符がつくことを意味しています。
従って、この場面でサルコジの示した「場を呑む」力量は、スピーチの内容以上に大きな意味を持っています。
しかも、スピーチの内容は、リーマン・ショックによる経済危機を引き起こした「世界の資本主義」への批判であり、「貪欲な金融業」への批判です。そして、会場の聴衆の多くは、資本主義の保守本流にいるか、金融業に関わる人々です。
その「冷ややかな反応」は、サルコジほどの百戦錬磨の政治家にとっては、当然、予想されたことでしょう。
聴衆からの「密やかな挑発」に動じず
しかし、予想通り「会場からの拍手が少ない」という反応になったとき、彼は、全く動じることもなく、「おや、拍手が少ないですな!」と、逆に聴衆に対して挑発的に語ったのです。
さすがと言えば、さすが、の瞬間です。
――なるほど、サルコジは、挑発的ですね・・・
いや、この場面では、聴衆も聴衆で、それなりにスピーカーに対して「密やかな挑発」を行っているのです。
落語の世界に「鈍をかます」という言葉がありますが、寄席で新米落語家が、客の笑いを取ろうとして面白くもない話をしたとき、落語通の客は、あえて「笑わない」という態度を取り、その新米落語家を鍛え、育てることがあります。
同じように、こうした世界のトップレベルの聴衆の場合には、スピーチの内容が面白くないか、スピーカーの人物に興味を持てない場合には、「拍手をしない」「席を立って会場から去る」という厳しい反応で返します。従って、このサルコジのスピーチにおいても、
(1)スピーカーが、挑発的なメッセージを語る。
(2)聴衆は、拍手の少なさで返す。
(3)スピーカーは、「拍手が少ないですな!」と、さらに挑発的に語る。
(4)聴衆、思わず拍手をする。
という形で、密やかに、ある種の真剣勝負が行われているのです。