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文房具専門店・伊東屋の売り場で、手帳や筆記具に一家言あるお客様の話を聞きながら、商品戦略を練る小島亜美氏。デジタル端末でスケジュール管理をする人が増える中で、手帳の売れ筋が変化。その一方で、手書きならではの良さを再確認している。

小学館のライフスタイル誌『DIME』の看板特集に、手帳活用術とデジタル端末がある。編集長を務める酒井直人さんは、タブレットで仕事をしながらも手書きにこだわる。時代が変わっても残したい手書きの魅力とは何か。コミュニケーションにおける重要性を語る。


伊東屋 商品戦略室
手帳担当 小島亜美 氏

薄手マンスリーと厚手1日1ページの二極化が起きている

最近は、ノートパソコンやスマートフォンを使い、「グーグルカレンダー」などでスケジュール管理をする人が多い。デジタルとの併用を考慮した手帳も続々発売されている。デジタル化の波は手帳とその使い方にどのような変化をもたらしているのか。伊東屋の小島亜美さんが現場の声を届ける。

───デジタル全盛の昨今、最前線の手帳現場で何か変化を感じますか。

小島 2013年版は、1日1ページ、見開き2日の手帳が人気で、非常に売れました。2014年版も継続して見開き2日の人気がありますが、今、薄手の見開きマンスリー(月間)が伸びています。

その背景には、やはりデジタル端末の影響があると思います。おそらくスマートフォンを持っている方が、サブで薄手のマンスリーを持つ、メインの細かいスケジュール管理はデジタル、それ以外の簡単なメモはマンスリーの手帳に書いている方が多い。

持ち物をなるべく軽くしたいという気持ちがあるようです。

───手帳選びに迷っているお客様には、どのようなアドバイスをされますか。

小島 そもそも手帳を使うか使わないかで迷われている方には、「手帳というのは、パッと思いついたときにパッと書けるところや、一覧性のあるところがいい」「スケジュール管理だけではなく、日々の記録として日記のように使われる方も多い」とお話します。1日1ページの手帳が継続して売れている理由は、手帳であり、ノートであり、日記であるから。アイデア出しのノートに使ったり、レシートを貼ったりすることもできる。クリエイティブな仕事をされている方にも使いやすいようです。

そのほか、お客様がよく迷われているのは、見開きウィークリー(週間)の使い方。1日にそれほど用事がない人にとっては、書くこと自体が面倒で使いこなせないまま終わってしまう。そういう細かいスケジュール管理はデジタルでもできますし。それで今、薄手のマンスリーと厚手の1日1ページの二極化が起きているのだと思います。

───具体的な仕事の場面を想定して、手帳選びの相談をされることはありますか。

小島 「仕事の時間帯が深夜に及ぶんだけど」とか、「海外と取引しているから、海外の祝日が載っているものがいい」とか、土日が休みでない方は、「月曜から日曜まで均等なスペースのものがいい」といった問い合わせがあります。

みなさん、いろいろな条件があるので、「どの手帳が売れ筋で、どれがお薦めですか」という質問が一番困ってしまいます。そのお客様がどんな生活をされているかをお聞きしたうえで、何冊かご案内するようにしています。

───まるでライフスタイルアドバイザーのようですね。

小島 お話していると、かなりプライベートなことまで聞いてしまいますね(笑)。

───小島さんご自身はどういう手帳をお使いですか。

小島 じつはさきほど申し上げた使い分けの傾向は、私のことでもあります(笑)。「iPad」で細かいスケジュール管理をし、簡単なメモだけ薄手のマンスリーに書いています。手帳は今、流行りのダブルマンスリーを使い始めました。これは1月、1月、2月、2月と各月が2回出てきて、たとえば、片方を仕事、片方をプライベートといった使い方ができます。 

小島さんが愛用する「ダブルマンスリータイプ」の手帳
 

「本当にいいものがほしい」。身の周りに置くものの品質にこだわる傾向の高まり

───デザインも含めて、手帳のバリエーションがどんどん増えていますね。

小島 私どものお客様は、万年筆などの筆記具にこだわっている方がとても多く、ご自分が持っているペンを持参されて、「このペンを使っても裏写りしないもの」とか、「このペンと相性がいいものはありますか」という問い合わせがよくあります。その場合、書くことにこだわって開発されたミドリの「MDノート」や、筆記具メーカーのパイロットの手帳もお薦めです。

───こだわりを持ったものが売れてきているのですか。

小島 手帳に限らず、最近のお客様は、本当にいいものがほしいという傾向があります。少し高くてもいいから、自分がいいと認識したものを使っていきたいようです。紙質を含め、品質について聞かれることが年々増えています。

5、6年前までは50~60代の方からしか聞かれませんでしたが、若い人にも、身の周りに置くものにこだわりたいという志向が広がり、日々触るものに関しては、ある程度、高くなっても構わないと思っている気がします。

2012年ごろから「いい紙ノートブーム」が起きて、アピカやライフが筆記性に優れた上質な紙でノートを発売しました。これが若い人にとても好評です。

───最後に、現場でお客様と接していて、心に残るエピソードが何かありましたら教えていただけますか。

小島 毎年、同じ手帳を使われるお客様がかなりいらっしゃるのですが、年末に新しい手帳を買いにご来店されるときに、今まで使っていた手帳を何冊も持ってきてくださることがあります。

ある50代前後の男性は、10冊ぐらいお持ちになりました。毎年、たくさん書き込まれています。仕事で手帳を必要としているのもあると思いますが、手帳を積み重ねて並べること自体が楽しくて生きがいになっていらっしゃるのだろうなあと感じます。

この間、お会いした方は「ずっとこの手帳を使っていたんだけど、震災のときに津波で全部流れてしまった。きれいに並べていた手帳がなくなってしまったから、またやり直しなんだ」とおっしゃいました。

手帳には、過去と未来をつないでいく機能があるようです。「12月31日に今年1年の手帳を見返しながら、新しい年の手帳を開いて、決まったイベントごとや仕事の予定を書いていくのが楽しみなんだ」という方もいらっしゃいます。毎年恒例の行事として、年末年始に手帳と向き合っている方は、大勢いらっしゃるのではないでしょうか。


小学館『DIME』編集長
酒井直人 氏

編集部員は全員、紙の手帳を使っている

小学館のライフスタイル誌『DIME』で毎年10月に組まれる手帳特集が人気だ。デジタル端末の情報も充実している。デジタルとアナログ、それぞれの良さを知り尽くしている編集長の酒井直人氏は、どのように使いこなしているのか。遊び心と良識を持つ大人のビジネスパーソンとして、使い分けの境界を語る。

───酒井さんはデジタルとアナログをどのように使い分けていますか。

酒井 仕事で持ち歩いているのは、手帳、タブレットPC、iPhoneとガラケー、それとペンケースですね。2013年6月まで『BE-PAL』の編集長だったのですが、手帳は『BE-PAL』の付録です。それに革のカバーを付けている。我が社の通販サイト「大人の逸品」で販売したものです。マーケティングそっちのけで、自分がほしいものを企画してつくっているので、身の回りが通販商品ばかりに…。手帳カバーはもう5年ぐらい使い続けています。

───手帳にはどんなことを書かれていますか。

酒井 夜の予定ばっかりで、ろくなことを書いていません(笑)。ちょっとマス目がちょっと小さいので書き切れない。

──スケジュール管理はデジタルで、という人が増えてきた中、手帳をお使いなのですね。

酒井 スケジュール管理はアナログ派です。やはりパッと書いて、一瞬で見られるのがいいですね。スケジュールの変更も多いので、「フリクション」のボールペンで書いたり消したりしています。

手帳で1年を振り返ったり、昔使っていた手帳を見返したりすると、そのときの思いがよみがえってきて、自分の字なのに温かみを感じます。焦っているときの字と落ち着いているときの字があって、当時の記憶とともにパラパラ見られる。そこがデジタルとは違う気がします。

──では、デジタルのほうでは何をされているのですか。

酒井 ワードやエクセルで普通に仕事をしています。たとえば、特集の企画など長い文章はタブレットPCで書きます。文章の入れ替えや修正が簡単ですから。休日などに思いついたアイデアなど、短いメモはiPhoneでパパッと書いて、会社のアドレスに送ったりしていますね。

───『DIME』の編集者のみなさんは、手帳をお持ちですか。

酒井 私を入れて7名いますが、全員、紙の手帳を持っています。普段の会議や取材でも、みんな普通の手書きノートを使っていますよ。それをまとめ上げるときはパソコンですが。

───デジタルにも強い『DIME』編集部の方が全員、手帳を使っているのは意外です。あっさりとデジタルに移行されるイメージがありました。

酒井 まあ、紙の雑誌自体がアナログですから、意外にモタモタしていますよ(笑)。企画を出すときは、みんなでワードで打ってプリントアウトしますが、完全にデジタルに寄っているわけでもないし、手書きに寄っているわけでもない。

───手帳特集の読者の反応はどうでしょうか。

酒井 手帳選びやスケジュール管理の仕方、手帳のつけ方には正解がないので、みなさん模索しているようです。だから毎年、手帳特集が人気なのでしょう。大事なことなのに、自分のやり方に自信が持てない。それで記事を見て、何かインスパイアされるものがあれば、やってみようと思うのではないでしょうか。


酒井編集長の手書きは、思考の整理でもある。

手書きでメモを取ると相手に喜ばれる

───ご自身の実体験から、手書きのメリットや効用を感じますか。

酒井 手で書いていると、考えていることが整理されるというのはあるかもしれません。私、絵が好きで、人の話を聞きながら似顔絵を描いちゃうようなタイプなのですが(笑)、昨日も高知の「カツオ人間」(マスコットキャラクター)の話を聞いていて、絵を描きながらメモを取っていました。

人間って、話があっちこっちにいきますよね。でも、メモを取っていると、さっきの話とこっちの話がつながるなといったことが自分でわかる。これをデジタルでやるのは難しい。

───マインドマップに近いですね。

酒井 そんなに大層なものではないですが……。

あと、手書きでメモを取っていると、私より上の世代は喜んでくださる感じもします。ノートパソコンを開いてメモをカチャカチャ取っている人もいますが、それよりも手書きでメモを取るほうが相手はうれしそうな顔をされる。「今の言葉、ちょっとメモしていいですか」と言うと、大事なポイントを“残してくれてるんだな感”が強いですよね。

コミュニケーションって、やっぱりどこかアナログなもので、1対1の皮膚感覚が大切なところがあります。

───酒井さんのペンケースの中身が充実しています。太い鉛筆は何に使われるのですか。

酒井 これは銀座にある月光荘という画材屋さんで買っているのですが、8Bですごく軟らかいんですよ。自分で削るのが楽しくて……。尖らせすぎてもいけないし、丸まりすぎてもいけない。これでラフ(大まかなスケッチ、下書き)を書くと、一見うまそうに見える(笑)。そのために高いけど買っています。

モンブランの「PIX」シリーズのシャーペンも太くて書きやすい。0.92mmの専用芯を使っています。この「PIX」シリーズが好きなのです。20年ぐらい前は、地方のさびれた文房具屋にホコリをかぶって売れ残っていたもので、地方に行くと必ず文房具屋に寄って、それを見つけるのが面白かったのですが、最近はなくなってきたのでつまらないですね。

───万年筆もたくさん入っています。

酒井 一番多いのは、ラミーの万年筆。モンブランとクロスの万年筆もあります。これで手紙をちょこちょこ書きます。普段、お会いしている人にはメールが便利ですが、特別に感謝の気持ちを伝えたいときや、相当目上の方には一筆書く。取材でお世話になった方には、付箋のメモだけでも手書きします。

取材依頼の企画書をワードで打ってプリントアウトするにしても、最後に「よろしくお願いします」と手書きで書き添えるだけで、かなり印象が違う気がします。そのほうが、私も受け取ったときに相手の思いを感じてうれしい。自分がうれしいと思うことをしているだけかもしれませんが。

(撮影:今 祥雄)