ヒロミ「40歳で小休止した僕が見つけた境地」 120%でなく、80%の自分を受け入れるまで
若いうちは生き急ぐ。そして失敗する
人生は何が起こるかわからない。この使い古された言い回しを、僕は53歳になった今、実感を込めて使うことができる。
1986年に21歳でデビット伊東、ミスターちんと3人でB21スペシャルを結成して以来、約20年、タレント・ヒロミとして芸能界の一線でやってきた。
ビートたけしさん、堺正章さんをはじめ、先輩や目上の人を「おじさん」と呼び、「チャン付け」で接し、タメ口をたたく。そんな生意気な芸風が時代に受け入れられ、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンが引っ張ったお笑いブームに乗っかり、B21スペシャルはほとんど下積みなく、レギュラー番組を持つようになった。
当時の番組写真を見ると、サングラスをかけて番組のMCをやっている自分の姿がある。調子に乗ったとがったスタイルがウケて、30歳になる頃には最高月収が6000万円のタレント兼事務所社長になっていた。
八王子出身のヤンキーの兄ちゃんが芸能界で成功し、その後、トップアイドルと結婚までした。いい気になっていたかどうかで言えば、確実にいい気になっていたと思う。実際、デビューしてから約20年、40歳くらいまでテレビのレギュラー番組がなくなったこともなく、テレビ欄から名前が消えることもなかった。
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