
卵子も老化するという事実
『人口豊かな国へ:日本が出生率を上げるためにはどうすればよいか?』
そんなタイトルの報告書がある。ザ・エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が医療、人口学、経済学などの分野の専門家への聞き取りなどに基づき作成した報告書だ。日本の出生率低下を改善するために取りえる選択肢などを検討したうえで、ファミリーフレンドリー政策やART(ARTはAssisted Reproductive Technologyの略語で、人工授精や体外受精などの生殖補助医療のこと)が日本の世帯に与える影響などについて考察したものだ。
それによると日本の合計特殊出生率は2005年に1.26の最低値を記録。その後、2015年には1.46まで回復したが、人口1億人を維持するための目安として政府が掲げる1.8には程遠いのが実情だ。

報告書は、出生率低下の要因として「晩婚化と晩産化」「雇用不安と経済的制約」「変化しつつある男女の役割」「低出生率のトラップ構造」という四つを挙げている。
一般的に、年齢とともに男女共に妊娠しにくくなると言われる。キャリアプランやライフスタイルの変化に伴い、晩婚化や晩産化の傾向が進み、出産の適齢期といわれる年齢を過ぎてしまうことが多いことも原因のようだ。
同報告書に協賛したメルクセローノ不妊領域事業部門の池田秀子執行役員は、協賛の経緯をこう説明する。
不妊領域事業部門 執行役員
池田秀子
「当社は不妊治療領域におけるグローバルリーディングカンパニーです。妊娠を希望するカップルが1日でも早く赤ちゃんを授かるという夢の実現をサポートするのが当社のミッションですが、そのためには医薬品やテクノロジー製品を提供するだけでなく、より多くの人に情報をお届けするのもミッションと考えております。その一環としてEIUの調査に協賛しました」
同社はこの報告書への協賛に加えて、2017年から「妊活及び不妊治療に関する意識と実態調査」も独自に行っている。2018年7月に発表した第2回目の調査では「既婚女性の7人に1人、既婚男性の8人に1人が、不妊治療を経験していると回答している」という結果も出てきたという。
つまり、既婚男女の1割以上が不妊治療をしたことがあるということだ。もはや不妊は一部の人だけの問題ではないということをこの事実は示している。しかもこの数字は男女ともに昨年の第1回調査より増加傾向にある。
不妊は女性だけの問題ではない
またこの調査では、不妊症を自覚して医療機関を受診するまでに、女性の4割超が「半年以上」かかったと答えており、医療機関に相談することにもためらう傾向があることがわかる。
WHO(世界保健機関)の調査によれば、不妊の半数近くは男女双方に原因があり、男性側だけに原因があるケースも4分の1ほどある(※1)。不妊は女性だけの問題ではなく、男性も自分の問題として考えるべきことなのだ。けれども現実には、不妊を自分のこととして考えている男性は、決して多くないだろう。
※1:1996年WHO(世界保健機関)調査
こうした状況を生み出している要因の一つに、不妊についての正しい知識が普及していないという事実がある。日本の女性の約40%は、40代の女性と30代の女性の妊娠率はほぼ同じと考えているという(※2)。だが実は40代と30代では、妊娠率に大きな開きがある。高齢化が妊娠に大きなインパクトを与えているという知識が、女性にも広く浸透していないという現実がここから透けて見える。正しい知識がないために、調べもせず治療も受けず、「いつでも子どもはできる」と誤った情報を持っている人も多いのではないだろうか。
※2:Maeda et al. 2015. A cross sectional study on fertility knowledge in Japan, measured with the Japanese version of Cardiff Fertility Knowledge Scale (CFKS-J). Reproductive Health 12:10.
高度不妊治療に対する助成も実施
前述したようにメルクセローノは、不妊に関する情報を提供することも自社のミッションと考えている。そのため同社は昨年8月からスタートさせた「Yellow Sphere Project」の一環で、自社の社員を対象にした教育啓発を実施している。日本では、妊娠を避けるための性教育は行われているが、妊娠についての教育は家庭でも学校でもほとんど行われていないのではないだろうか。池田氏はそうした教育の大切さを訴えて次のように言う。
「日本は妊よう性(妊娠のしやすさ、妊娠する力)についての知識が普及していないという国際的な調査もあります(※3)。こうした現状の中、一企業としてまずできることは社員教育と考え、そこから始めました。このような考えが少しでも広まり、男女問わず1人でも多くの方に関心を持っていただくべく当社の専門分野である生殖医療や不妊の領域で、啓発活動を通じた呼びかけを進めたいと思います」
※3:Bunting L, Tsibulsky I, Boivin J. 2013. Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study. Human Reproduction, 28:385-97.

ちなみに「Yellow Sphere Project」では、男女ともに月に1度、不妊治療のための有休休暇が取れるようにしたり、健康保険が適用されない高度不妊治療に対する助成を行ったりもしている。地道な、そして息の長いこうした取り組みを、同社は粘り強く続けていく方針だという。
こうした企業の取り組みに加え、少子化を改善し出生率を上げるためには国や社会全体での対応が必要だ。
EIUの報告書では、フランスなどの成功事例の秘訣に言及しながら、日本が出生率を上げるために必要と思われる次の五つの原則も提言している。
- 1:子どもを育てやすい国にする。
出生率の改善のみを目指すのではなく、ファミリーフレンドリーな社会を構築する。たとえば、ワークライフバランスを支援する政策や生活水準を引き上げる政策は、出生率の改善が第一の目的ではないにせよ、出生率に実質的な影響を与えることが多い。
- 2:出生率をあらゆる政策で考慮する。
単一の政策やプログラムでは出生率に与える影響がそれほど大きくない。したがって、政府は、家庭とARTを支援する包括的、一貫的、安定的な政策パッケージを策定すべきである。
- 3:テクノロジーを活用する。
前述したファミリーフレンドリー政策とともにARTへのアクセスを向上させる。具体策としてARTを健康保険の対象にするのもその一例である。
- 4:さらに資金を投入して子供を増やす。
福利厚生支出の対GDP比を引き上げる。資金を多く投入すれば、それだけ合計特殊出生率への影響も大きくなる。
- 5:出生率対策は投資とみなす。
ARTや家族政策の費用対効果分析の結果を見ると、不妊治療や家族支援への公共支出は費用というよりは、むしろ生涯にわたる投資とみなすべきである。
確かに今の日本、子どもを育てやすい国とは言いにくい。したがって、やみくもに出生率の改善を目指しても大きな効果は期待しにくいだろう。家庭の生活を向上させ、日本を結婚・出産のしやすい国にするには何をすればいいかを考えるべきだと報告書は指摘している。
また、単一の政策やプログラムでは出生率にそれほど大きな影響を与えることはできない。家庭とARTを支援する包括的・一貫的・安定的かつ十分な資金を投入した政策パッケージを策定すべきだとも提起している。
いずれにせよ、今のペースで少子化が進めば、労働人口は減り続け、納税人口も減り、この国は間違いなく疲弊する。そうならないようにするためにかかる費用は、なるほど社会的コストではなく社会的投資であろう。
とにかく日本の現状を知ること。そして不妊についての正しい知識を持つこと。少子化に歯止めをかけるには、それが第一歩となる。

