非連続性の経営――グローバル化の本質 楠木 建 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

ビジネススクールの意義

手前みそだが、一橋ICSのMBAプログラムもまたグローバル化を支える経営人材が育つ場の提供を意図している。「英語」で「専門的なビジネス知識」を学ぶというと、一見スキルの教育を目的としているように見えるかもしれない。もちろん、スキルの習得は目的の1つではある。専門的な知識やスキルはグローバル化したビジネスの共通言語だから、それはそれで必須の知識だ。

しかし、ICSの真のねらいは「グローバルなセンス」を磨くことにある。筆者が教えているStrategyという科目を例に取れば、講義のなかで戦略論の基本的な概念やフレームワークをひととおり教える。しかし、それだけであれば、極端にいえば優れた教科書を読めば、(もともとアタマのいい人であれば)かなりの程度までマスターできることだ。仕事を中断して、わざわざフルタイムのコミットメントを必要とするビジネススクールに来る強い理由はない。

専門分野の知識なりスキルのトレーニングを超えて、ビジネスについてのその人に固有の「物の見方」や「構え」を確立する。ここに講義の本当の目的がある。学生は教室での講義はもちろん、教室の外でもスタディグループや特定の課題についてのグループプロジェクトで共通の問題(筆者の講義でいえば競争戦略)について繰り返し議論を重ねる。さまざまな異なる視点を持った人々としつこく対話を積み重ねることによって、自分の物の見方が相対化される。グローバルな文脈で他者と相対化することによって、ビジネスに対する自分自身の視点なり構えが初めて明確に意識される。さらには、さまざまな自分と異なる物の見方にさらされることによって、それまでの自分を乗り越える理解が切り拓かれる。「センスを磨く」というのはそういうことだ。

ICSの意図がすべて英語で講義をするインターナショナルスクールを選択した理由もそこにある。単純に語学力やコミュニケーションスキルを身に付けるということが目的ではない。グローバルな経営センスを磨くための場をつくるためには、教室や学生のコミュニティそのものがグローバルでなければ話にならない。いろいろな国から来た、バックグラウンドや経験や視点や思考様式が異なる人々と日常的にしつこく対話する場に放り込まれれば、いやでも自分の視点の限界が浮き彫りになるし、グローバルなビジネスへの構えが生まれる。

グローバル化のためのスキル育成に注力するだけではグローバル化はおぼつかない。本当の因果関係は「ビジネスが直面する非連続性が大きくなるほど、商売丸ごとを動かせる経営人材が必要になる」ということにある。非連続性に挑戦する経営の最も典型的な表出形態としてグローバル化がある。

センスのある経営人材は多くの会社にとって最も希少な資源だ。グローバル化は、経営人材の確保という経営にとって最重要の課題に真正面から取り組む格好の機会を提供している。