あの時代を戦い抜いた記者・石橋湛山を読む

湛山は、天下国家の記者だった

第55代総理大臣・石橋湛山が持つ、さまざまな「顔」をご紹介する(左は往年、右は『東洋経済新報』編集長時代)
2015年11月、東洋経済新報社120周年記念出版として、元朝日新聞社主筆の船橋洋一氏の著書『湛山読本──いまこそ、自由主義、再興せよ。』が刊行された。この本は、石橋湛山(1884~1973)の膨大な論説から珠玉の70編を選び出して、その時代背景を点描し、湛山の問題提起を切り口にして、私たちの時代の課題を考えるヒントをつかみ出している。
湛山は東洋経済新報社主幹をつとめたジャーナリストであり、大正時代から戦前・戦中にかけて『週刊東洋経済』の前身である『東洋経済新報』を中心に、政治、外交、財政、金融、社会、文化の各分野にわたる言論活動を展開した。後に政界に転身し、大蔵大臣、通商産業大臣などを歴任し、1956年には第55代内閣総理大臣となった。
今回、東洋経済オンラインでは、『湛山読本』の「はじめに──湛山は、天下国家の記者だった。」の抜粋を掲載する。

 

現代にも似た「あの時代」に勇気を持って戦ったジャーナリストがいた。東洋経済新報社創立120周年記念出版(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

一体、湛山は、どんなジャーナリストだったのか。まず、湛山は、筋金入りの自由主義者だった。

湛山は戦後、ジャーナリストとしてだけでなく、思想家として、それも「徹底した自由主義者」(経済史家・長幸男)として再発見されることになった。

その思想の根幹は、自助(セルフ・ヘルプ)である。個人のかけがえのない価値を大切にする。社会としても、それを最大限尊重し、それをめいめいが引き出すことを奨励する。その意味において自由主義は個人主義でもある。

湛山は、福沢諭吉の「独立自尊」の哲学に深く共鳴するところがあった。

「人は生まれながら独立不羈にして、束縛をこうむるのゆえんなく、自由自在べきはずの道理を持つということなり」。

福沢諭吉はそう論じた。福沢は、個々人の価値と教育によるその能力と可能性の開花と個人の突破力を信じ、その思想と理念を基にした社会システムの構築が可能であり、持続的であると信じた。

この烈々たる気概を湛山も受けついだ。

自由のために戦う愛国者

次に湛山は、愛国者だった。

湛山の愛国心は、世界に開かれた躍動する日本への惜しみない愛情であり、強張った民族主義や武張った国粋主義の対極にあった。

湛山は日本の国益を大切にしたが、それは「洗練された自己利益」(enlightened self-interest)をその内実とした。こちらの国益を大切にする以上、相手の国益も同じように大切にする。その両者の接点を見出すのを双方ともプラスと感じ、長続きさせようとする、そうした「開かれた国益」の追求である。

湛山においては、愛国心と自由主義は互いに矛盾する存在ではない。

思想の芯は、個人の価値をいかにして最大限実現するか、にある。

「人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として、人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない」(「思へるまゝ 国家と宗教及文芸」『東洋時論』1912年5月号)。

しかし、人間は社会の中で生まれ、育つ動物であり、国家と歴史から超越して存在することはできない。人間は「人間の条件」があってはじめて成り立つ存在なのである。エドマンド・バークは『フランス革命の省察』の中で、次のように述べている。

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