歴代首相誕生の場、「佳境亭」の女将を悼む

湛山から野田佳彦まで、首相誕生を見守った

10月11日、87歳で鬼籍に入った山上磨智子さん。この写真は生前、筆者が山上さんから手渡されたもの

10月11日午前9時28分、携帯が鳴った。「女将さんが今朝、お亡くなりになりました」。

ああ、再度お目にかかるのはかなわなかったか。元気なその姿を最後に見たのは確か2012年3月。長年経営していた料亭を閉めることになり、NHKがその取材に来ていた時だ。佳境亭の女将の山上磨智子さんはこれまでと同じように両手を合わせ、収録を終えて帰るスタッフらを見送っていた。

かつて料亭の街として栄えた赤坂の街。そこから少し離れた高台に、山上さんの「佳境亭」があった。

長野県に生まれた山上さんは、女優を夢見て1949年に上京。文学座の研究生になるも、生活のために新橋で小さなバーを開いた。

「三木サロン」と呼ばれた

その時に「人助け」のつもりでお金を貸したことがきっかけに、赤坂の弁慶橋の近くの小さな家を手に入れる。そこで小料理屋「阿比留」を開業し、故郷にいた妹たちを呼び寄せた。美人3姉妹がきりもりする店は繁盛し、各界の著名人が足しげく通った。

三木武夫氏との縁は、店の近くに事務所があったことから始まった。昼には阿比留から弁当が運ばれ、夜には番記者が阿比留に集まって飲んでいた。やがて阿比留は「三木サロン」と呼ばれるようになる。

阿比留は1956年に石橋湛山内閣が誕生した時の舞台となり、健康上の理由で石橋氏が首相を辞任した時の原稿を三木氏が書いたのもここの座敷だった。

1983年には赤坂の高台に「佳境亭」を建てて開業。最初に駆けつけたのは、三木氏と政治的に対立した田中角栄氏だった。田中氏は花を持参して「敵の店が開店した。めでてえ、めでてえ」と喜んだという。

佳境亭はまた、消費税をめぐる舞台にもなった。大型間接税導入に失敗した大平正芳氏は佳境亭で、「この道をまっすぐに行く寒さかな」と詠んだ。消費税導入を決断した竹下登氏は、「多くの仲間を裏切った。これで政治家を辞める」と山上さんに漏らしている。

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