(第83回)長命エリートの効用(その1)

山崎光夫

 わたしの母親は95歳で施設に入っている。毎週1回、見舞いに行くと、小一時間話をしてくる。もう4年以上になるが、施設のお陰で母親はそれなりの体力と知力を維持している。ありがたいことである。

 高齢者施設によく行く人にはわかってもらえると思うが、スタッフの皆さん方はおおむね優しく、しかも明るい。スタッフは介護福祉士のほか、リハビリ要員がほとんどで、作業療法士や理学療法士、言語聴覚士、栄養士たちである。スタッフの結束は強く、フットワークは軽い。

 施設に入所している高齢者は何かしら身体に不自由を抱えていて、80、90歳超えはザラ。100歳以上の人もいる。身体は不自由だが、これは仕方のない成り行きである。
 過去に、戦争、自然災害(地震、台風、大水など)、生活苦、経済混乱など、ありとあらゆる苦難と激動を乗り越え、生き抜いてきた人たちでもある。入所者はある意味で、エリート老人である。
 その長命エリートを相手にしているのが施設のスタッフである。

 わたしは仕事柄、専門医への取材のため種々の病院に出かけている。そのとき目にする看護師の大方は疲れている。その疲れた表情には、こちらがつらくなるほどである。
 一方、施設の介護士たちはそう疲れた顔はしていない。
 おそらく、看護師のほうがかなりいい給与をもらっているはずだ。にもかかわらず、看護師たちはお疲れ顔である。

 この違いはどこにあるのだろうかと考えることがある。
 看護と介護の仕事内容はかなり異なる。
 看護師の相手が病人であるのに対し、施設スタッフは高齢者相手だが病人ではないという違いがある。

 看護師が診る患者はその後の経過は予断を許さず、この先どうなるかわからない。
 苦痛や不安を訴えるのが入院患者で、悲壮感が漂う。
 退院する患者を見送るのはうれしいものだが、退院できると思っていた患者の容態が急変して死に至るという結果もある。正直、ゴールはわからないのである。
 一方、施設の高齢者は不自由をかこっているが、病人ではない。だが、ゴールはわかっている。死しかない。施設にあまり悲壮感はなく、あるのは諦観である。そのためか、案外、明るいのである。これも結果が見えているからだろう。

 わたしの観察するところ、看護師は職場での気持ちは張り詰め、介護士は緩いところがある。看護師は患者の命を預かっているので緊張を強いられる。一方、施設の介護士は高齢者の命というより、生活を預かっている風がある。

 問題は、施設に入所している高齢者を家族や関係者がどう思うかである。わたしは長年にわたり施設に通っているが、悲壮感や絶望感はない。
 ただただ、安穏な時間の経過を願うばかりである。。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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