(第84回)長命エリートの効用(その2)

山崎光夫

 義母は88歳。喜寿である。一人住まいをしている。

 喜寿の祝いとして何か欲しい物があるかどうかきいたところ、
「特にない」
という返答だった。

 この義母は数年前までは、白内障の手術やピロリ菌処理、不眠症、大腸検査、膝関節痛など、医者との付き合いが途切れなかった。暗鬱な日々が続いたようだった。

 それを抜けて達観したのか、欲しい物はなくなり、さらに、
「どうしよう」
がなくなったという。

 不眠症がこじれたらどうしよう。病気が悪くなったらどうしよう。大腸ガンになったらどうしよう、などのどうしようという不安がなくなったという。

 あげくは、
「いつ死んでもよし。それも 運命」
と気楽に生きるすべを体得したという。

 生存欲も含めて、恐怖の軽減がはかられたのではないかと考えられる。

 長命のこつとして、世間でよくいわれるのは、くよくよしないこと、という。

 80歳をこえてなお現役の内科開業医にきくと、同じように、
「くよくよしないこと」
だと言った。

 そして、
「くよくよをずっと何回も言っているとわかることがある」
という。

 そこで、私は、
「くよくよくよくよくよくよく」
と言ってみると、最後は、よく(欲)になった。

「くよくよするのは実は欲深い証拠」
と高齢内科医は指摘する。

 さらに、
「長命者にはあまり気づかれていないが社会的に大いに役立っている点があります」
という。

 「老人は長く生きてきて獲得した免疫力を持っています。この力はたとえば、インフルエンザといったパンデミック(感染症の大流行)を抑える力を持っています。
 若い人たちには免疫力がないために広がりやすいウイルス病に対し、いわば防波堤となって感染拡大防止に一役買っています」

 高齢者の効用といえそうだ。

 仏教の世界に「無財の7施(むざいのななせ)」という考えがある。財産がなくてもできる施しのことである。
1、眼施(がんせ・やさしい目で接する)
2、和顔施(わがんせ・おだやかな顔で接する)
3、愛語施(あいごせ・やさしい言葉を使う)
4、身施(しんせ・自分の体で奉仕する)
5、心施(しんせ・心配りを実行する)
6、壮座施(そうざせ・席を譲る)
7、房舎施(ぼうしゃせ・雨風をしのぐ所を与える)
 慈悲に根ざした施しである。

高齢者の効用を「老施(ろうせ)」と呼びたいがいかがだろうか。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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