(第1回)未病第一のお話・その1

山崎光夫

 私は学校を出てからほぼ五十年を経る。この間、ペン一本の稼ぎで生活に糊してきたが、放送作家、雑誌記者、作家とその肩書を変えている。
 「按(あん)ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」
 と言った明治時代の文筆家がいる。筆(文筆業)で生活の資を得る難しさを述べたものである。私も身に沁みて感じる次第である。

 私の放送作家時代、ラジオでは音楽番組の構成がほとんどだった。亀淵昭信さん(ニッポン放送パーソナリティー)、木の実ナナさん、小松政夫さん、谷村新司さんなどのディスクジョッキーの台本も書いたものだった。ラジオの台本書きなどという仕事はまさに縁の下の力持ちだから、出演者の皆さんは私のことなど記憶に残っているはずがない。昭和40年代後半の話である。
 テレビでは、『11PM』や『シャボン玉ホリデー』、NHKの歌謡番組の構成なども手がけたが、もっぱら『巨泉・前武ゲバゲバ90分』『カリキュラ・マシーン』のギャグ番組にかかわっていた。寝ても覚めてもギャグやコントを連日マジメに考えていたものだ。ここでも縁の下の力持ちだったから私が台本を書いていたなど知る人は少ない。
 当時、放送作家稼業はある意味で花形だった。青島幸男、永六輔、大橋巨泉、前田武彦、野坂昭如、五木寛之、井上ひさしさんなどの大先輩たちは、放送作家を経験されて、その後、一家を成していた。いわば、“放送作家あがり”である。ところが、私には司会者やタレントなどに華麗に変身する技も才能もないので放送作家を続けるしかなかった。そうするうち仲間で集まって形成していた事務所を閉じるという事態に陥った。私は大波をかぶった。

 そのとき、取材記者をしないかと勧める先輩があって、ヒョイと乗って雑誌の世界に移った。それがたまたま医学健康雑誌だった。これが私と医学との出会いである。
 ところがこれが発刊三号でつぶれてしまった。よく同人誌は三号でつぶれるというが、この医学健康雑誌も早々と廃刊である。
 しかし、このとき私は医学取材の面白さを知った。医者に会って医学の現況をきき、それを記事にまとめるのだが、当時の大学教授や開業医は個性的で話していても少しも飽きなかった。また、渡された論文や資料を読み込むのも楽しみだった。
 だが、雑誌が廃刊では致し方ない。どうするか思案していると、くだんの先輩が別の雑誌を紹介してくれた。以来、取材となると医学にまつわるものが主流となった。そしていつの間にか医学小説やノンフィクション、医学随筆を書くようになった。なにゆえこんな身過ぎ世過ぎになったかは本人の私も驚いている次第だ。

 私たち団塊の世代--私はこれを「ニップル世代」と呼んでいる。日本の人口構成表を見れば、われわれ昭和21年から24年生まれの人口は、あたかも「ニップル(乳首)」のように突き出している。この「ニップル世代」も還暦にさしかかり、定年や第二の人生、田舎暮らしと環境を変えている向きも多い。年金が社会問題となっているのも、「ニップル世代」にどう対応するかの答が出ていないからである。私も2007年に還暦を迎えたが、考えてみると学校を卒業してからこれといった病気をしていない。
 私を医学取材に誘った先輩があるとき、しみじみと言ったものである。
 「われわれは自由業だから、月給もボーナスも有給休暇もない。体ひとつが資本だ。病気をしたらおしまい。だから病気しなければよい。病気しない方法がある。未病(みびょう)だ」それが私が未病という言葉をきいた最初だった。(つづく)
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷(ドンネル)と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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