(第56回)右と左の話(その2)

山崎光夫

 人間の右脳はアナログ脳。一方、左脳はデジタル脳といわれる。脳の指令は延髄で交差するので、右脳は体の左半身を支配し、左脳は右半身をつかさどる。

 この脳の働きを有効利用?しているある若手のビジネスマンがいる。彼は上司に対して、特に都合の悪い報告や叱られそうなときは、上司の左耳に語りかけるという。右脳に届かせるのだ。
 気まずい報告を右耳、つまりデジタル脳である左脳に届かせると、理論や理屈が働き余計ネチネチと文句を言われそうになる。そこで、アバウトな左耳・右脳ラインに報告することで多少とも被害を抑えようとする作戦という。
 上司の正面に立って報告するのは、相手に威圧感を与えるので避けたほうがよい、とはよくいわれる。
 左耳・右脳ラインの“攻撃”で、若手のビジネスマンは何とか失敗を切り抜けているというから、作戦は有効なのかもしれない。

 以下、右と左について考えてみる。

 舗道や地下道に分離線なしで歩道を設定し、自然に任せると右側通行になる。これは人と人がすれ違う場合、無意識に相手を心臓から遠ざけるからである。たとえ襲いかかられても防御できる。

 人事に、「左遷」はあるが、「右遷」はない。商売に「左前」はあるが、「右前」はない。
 右のほうが重んぜられている。
 国会議事堂は右側が衆議院、左側が参議院。
 右重視の傾向がある。

 フランスに「左肩下がりの人は下宿人や居候に置くな」の諺があるという。これは左肩が右肩より下がっている人は大食いの傾向があるからという説による。胃の出口から十二指腸にかけての角度が緩やかで消化力も強く、そのため大食になるという。逆に、右肩のほうが下がっている人は少食タイプが多いといわれる。右肩上がりがいいのはどうも経済成長だけのようだ。

 左右の癖と病気との関係に詳しい医者によれば、履物のすり減り方で体調の良しあしや食事の好みなども判断できる。幕末期に活躍した思想家にして剣の達人だった山岡鉄舟(やまおか・てっしゅう)は、道場に他流試合を求めて訪れる武芸者がいると、試合の前にひそかに相手の履物を点検した。左右平等にすり減っていれば腕の立つ武芸者だとして自分が相手し、そうでなければ門人に手合わせさせたという。

 人体は万事、左右に均衡がはかられているのが理想のようだ。

 私はときおり片方の目だけで物を見てみる。
 これは脳の機能を刺激するためではなく緑内障のチェックのためである。緑内障では初期症状として視野の欠損が起こるから、片目ずつで天井や青空を眺めて見るのがよい。片目に視野の欠損が起こってもヒトは別の目で補強するので、案外、欠損に気がつかないものである。
 私は自宅の部屋の中で検査しているので、車内の“左目使い”のウインクと違って、不審者扱いされるおそれはない。
 高齢になればなるほど左右ずつの“片目検査”は重要と思われる。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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