ジャーナリズムが追うべき“正義”とは何か 山折哲雄×滝鼻卓雄(その4)

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 これまで「和魂漢才」と「和魂洋才」で生きてきた日本人。グローバル化が急速に進む中で、日本人はあらためて「日本文明とは何か」「日本人とは何か」を問われている。これからの時代を生き抜くために、日本人に求められる教養とは何か――。 宗教学者の山折哲雄氏が、有識者との対談を通して、日本人の教養を探る。
 第5回目は、元読売新聞東京本社社長の滝鼻卓雄氏を迎えて、日本の教養とジャーナリズムについて語る。
 (企画協力:こころを育む総合フォーラム ※ 山折氏の後日談はこちら

※その1:日本のジャーナリズムには、教養が足りない

※その2:西山記者はジャーナリストの鏡と言えるか

※その3:ジャーナリストには孤独に耐える力が必要だ

正義とは何か

滝鼻:私はジャーナリズムの目的は何かというと、正義の実現にあると思っています。ジャーナリストには、「何が正義か」についての柱となる考えがないといけません。正義という基準を持っていないと、ニュースの価値を決めるときにも困ります。法律は必ずしも、正義の実現にはつながりません。正義の実現と乖離した法律もいくつもあります。

たとえば、尊属殺(祖父母・両親など血族を殺害すること)です。かつて尊属殺には重罰規定があり、普通の殺人より罪が重く、死刑か無期懲役のいずれかでした。この重罰規定が見直されるきっかけとなったのは、父親に強姦された娘が、思い余って父を刺し殺すという事件です。こうした事件が3県で起きました。

子どもを殺した場合は普通殺人と同じように裁かれるのに、親殺しだけ重罰というのはおかしいという議論は戦争直後からありましたが、重罰規定を支持する声が大きかったのでずっと継続していました。しかし、昭和40年代に入って、裁判官の多数が「法の下の平等に反するこの規定はおかしい」と考えるようになり、刑法上の尊属殺規定を削除しようという判決が出た。それが事実上初めての違憲立法審査権です。

ここでジャーナリストに問われるのは、最高裁がこうした判断を下す前に、つまり、重罰規定支持派が多数派のときに、「重罰規定はおかしい」と疑義を呈す記事を書けたかどうかです。その軸になるのが、「正義とは何だろう」という自分の中の考えです。私がいう正義とは、為政者が考える利己的、自己中心的な正義ではなくて、公正さというか、ジャスティスの考え方に近いものです。

日本は最近、裁判員制度ができましたが、アメリカのような完全な陪審制ではありません。日本人の考え方として、正義というのは裁判官を含む御上が実現してくれるものだという意識が強くあります。サラリーマンであろうと、魚屋さんであろうと、八百屋だろうと、この国を構成する国民一般には、正義の判断を任せられないという考え方が、日本には根強く存在するように思います。

陪審制度を導入するときに、裁判所は、陪審制度という言葉を使わずに、「市民の司法参加」という言い方をしましたが、それは日本ではなかなか難しい。なぜなら、日本の場合、正義は裁判官、検察官、公務員を含めた御上が実現してくれるものであり、市民が正義の実現をしようとすると大混乱になるからです。

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