机を蹴飛ばされても前に進む「異色の官僚」 経産省 製造産業局 生物化学産業課長 江崎禎英(上)

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いちばんの国防とは何か

三宅:戦争を止めるなら外交官という道も考えそうなものですが?

江崎:自分の中では外交官じゃないなという感じがあって、国全体のあり方を考える国家公務員に傾いていました。ただ、「仕事は実家から通えるところ」と言われてきましたので、ここでもずいぶん悩みました(笑)。恐る恐る父に相談したところ、「霞が関の官僚なんて20年もしたら肩たたきにあって辞めさせられる。それまでオレが長生きして家を守っていてやるからしばらく東京で頑張ってこい」と言ってくれました。

三宅:よかったですね。

江崎:でも、父はその翌年に亡くなってしまいました。

三宅:そうだったのですか。

江崎禎英(えさき・よしひで)
1964年岐阜県生まれ。89年に東京大学教養学部教養学科第Ⅲ国際関係論分科を卒業し、通商産業省(現・経済産業省)入省。通商、金融、IT政策のほか、大蔵省(現在の財務省、金融庁)で金融制度改革、内閣官房で個人情報保護法の立案に携わり、EU(欧州委員会)に勤務。その後、ものづくり政策、外国人労働者問題、エネルギー政策を担当し、岐阜県への出向を経て2012年から現職。1996年に英国サセックス大学大学院に留学。

江崎:そういうこともあって、入省以来、毎月のように岐阜の実家に帰って畑仕事をしています。おかげで、お宮掃除やお祭りなど、村の行事はほぼ皆勤ですよ(笑)。こんな話をすると、医者になろうという子供の頃の夢からは、ずいぶん離れたように思われるかもしれません。でも、私の中で一貫しているのは、困っている人を助けたい、世の中の不条理をなくしたいという思いです。最大の不条理は戦争だし、病気で困っている人もいるけど、社会の仕組みが悪くて困っている人もたくさんいる。身体の病気を治す医者はいるけど、社会の病気を治す医者はいない。今は、「社会の医者」になれればいいなと思っています(笑)。

三宅:なるほど。でも、なぜ通産省だったのですか?

江崎:先ほど言ったように、当初、通産省は考えていませんでした。ただ、公務員になるには2次試験の後、自分に合う省庁を見つけるために「官庁訪問」をするわけですが、訪問先で「日本は世界のために何ができるか、この国がどうあるべきか」という質問をすると、「それは通産省ではどう言われましたか?」と意外なほど多くの省庁の方から言われたのです。それで思い切って通産省を訪問してみると、先輩方の議論がとても面白く、選択肢として考えるようになりました。最終的に通産省か大蔵省かで迷ったのですが、最後は先に声をかけていただいた通産省に決めました。

三宅:通産省に入って、何をしようと思ったのですか?

江崎:やりたかったのは、世の中の“幸せのかたち”をどう作るか。

三宅:ずいぶん大きな話ですね(笑)。

江崎:国際関係論ではよく「国益」について議論するのですが、実はこれがいちばん難しい。私の勝手な解釈ですが、日本にとっての「国益」とは、世界の人々から「この世の中に、日本という国が存在してくれてありがとう」と言ってもらえることだと思っています。日本には資源がなく、超高齢化社会だけれど、それでも誰もが幸せに生きる社会を実現できたら、日本は世界から見て「あこがれの国」になる。日本の知恵や文化が多くの国々にとって役に立つのであれば、おそらく誰も日本を攻撃しない。日本を攻めれば世界中の非難を浴びることになる。漠然とではありますが、そんなイメージを持っています。

三宅:“幸せのかたち”を示すことが、いちばんの国防になると。

江崎:やや大げさかもしれませんが、技術力だけでなく文化や価値観も含め、世界にとってなくてはならない国になること。それが永久に戦争をしないと誓ったこの国の戦い方だと思っています。

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