これが「犯罪捜査サスペンス」の金字塔だ アメリカの“今”を映し続けた20年

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ニューシリーズはとりわけ骨太なエピソード

もう少し具体的に説明してみよう。DVDで視聴する場合は、ニューシリーズ1(放送時はシーズン15)からリリースされているので、2004年からのアメリカの社会問題を追うことができる。このシーズンは、シリーズを通しても、とりわけ骨太なエピソードがそろっていると言える。

時代背景も、テロの脅威にイラク戦争は失敗だとする論調など、重苦しい空気と喪失感が漂う中で、正義のあり方と、法とは何のため、誰のためにあるのかといった本作の主題が、あらためて問い直されている感もある。

第1話「鮮血の十字架」では、オフィスビルの中でブラウスに血で十字架が記された女性の死体が発見されるのだが、これは2004年にイラクのアブグレイブ刑務所で発覚した米国人兵士による捕虜虐待事件に題材を得ている。宗教や人種、対テロ戦争やイラク戦争の余波などがからみ、判決は善悪白黒つけることができない、非常に複雑な感情を抱かせる重厚なドラマに仕上がっている。

第2話では、9.11の際にグランドゼロで長時間救命活動に当たった消防士が、割れた大量の蛍光灯に含まれる水銀を粉塵と一緒に吸い込み、白血病になったという話から、遺族に対する扱いの不平等さ、非情さが暴かれる。

そのほか、アメリカでは大学の費用が高いことが社会問題となっていることを反映し、高額報酬のバイトをする学生の死の真相が衝撃的な結末をみるものや、『ブレイキング・バッド』にも出てきた違法ドラッグがらみのエピソードなどが立て続けに登場。のっけから、ヘビー級のボディブローをくらうようなインパクトの連続だ。

もやもやしたグレーゾーンにこそ、メッセージがある

本作は事件が主体ではあるが、登場人物たちの育ちも人種もバックグラウンドはさまざまで、そんな彼らがおのおのの理念や信条を毎回のように試されることになる。私生活が描かれないので個性を出すのは難しいと思うかもしれないが、彼らの仕事ぶりから、その人柄や思想が十二分に読み取れるから感情移入もできるし、ひとつの事件に対して多様な視点を持つことができる点もすばらしい。

概して、刑事たちは「悪は許せない」という正義感が勝っているように思われる。対して、検察側の人間は「法を順守する」ことが第一義なので、刑事たちの感情論とはしばしばぶつかる。

マッコイ検事補(右)

とはいえ、本シリーズの顔とも言うべき検事補(後に地方検事に昇進)マッコイの法廷での弁論は、毎回、熱のこもったもので迫力がある。その信念は、一言で言えば「汝、殺すなかれ」であり、どんな場合でも「殺人は殺人」だ。これはわかりやすい理論だが、それですべてがクリアになるほど、司法制度は単純ではないことは言うまでもない。

負けることも少なくないが、勝利もまたしばしば苦いものとなる。このもやもやとしたものが残るグレーゾーンにこそ、『LAW&ORDER』の最も優れた社会派のメッセージが含まれているのだ。

何が最善だったのか、何が正しいのか、どうすれば平等なのか……。しばしば思考が堂々巡りする感覚に、筆者はマイケル・サンデルの著書『これからの「正義」の話をしよう』を思い出したりもするのだった。

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