《財務・会計講座》加重平均資本コストと事業リスク~リスクをどちら側から見るか~

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■リスクはどこから生まれるのか

 ところで、リスクはどこから生まれるのであろうか--。ここまでに解いてきたメカニズムは、資産リスクそしてrDとrEの関係について重要なメッセージを伝えてくれている。

 「なぜ株価が変動するのか」と言えば、資産が生み出すFCFが変動するので、Eに分配されるキャッシュフローが変動し、結果としてrEも変動するというのが答えである。株式そのものにリスクがあるのではなく、資産が生み出すFCFがバラつくから、rEも変動するのである。

ということで、

1)リスクは資産が生み出すFCFが変動することから発生する。
2)バランスシートの左側(資産側)で発生したこのリスクは、バランスシートの右側にあるDとEに分配される。
3)DはFCFを真っ先に受け取ることができることから配分されるリスクは極めて低く、一方、EはDに配分された後の残り物にしか権利がないことから、資産が生み出したリスクのほとんどはEに分配されることになる。
4)DとEそれぞれの利回りであるrDとrEは、それぞれ分配されたリスクの大きさに応じて決まる。

このようにして決定されたrDとrEの加重平均がWACCである。

投資家は、この企業のDそしてEのリスクと利回りを比較しながら投資するかどうかを決定することになる。したがって、資産のリスクの大きさ、そしてDとEの相対的な大きさによって、DとEの利回りであるrDとrEが決まることになる。

 例えば東京電力のような公益企業はその必要資金の相当部分を社債等の有利子負債で調達している。しかしながら、資産が生み出すFCFのバラつきが極めて小さいことから、Eに比べてDの絶対額が極めて大きいものの、Eに配分されるリスクは極めて小さい。このためrDも極めて低い(2008年2月7日時点での東電の10年物社債の利回りは1.631%)が、Eに分配されるリスクもさほど大きくないことからrEもかなり低めとなる(2008年3月時点での東電のrEは1.824%:2007年3月までの5年間株式ベータ推計値(東京証券取引所)=0.08、2008年2月7日時点10年物国債利回り=1.424%、市場リスクプレミアム=5%を前提として試算)。

 一方、ベンチャー企業ではFCFが大きくバラつくことからDに対してもある程度のリスクが分配される(このためrDは結構高くなる)。また、もともとリスクの総量が大きいことから、Eもかなり大きなリスクを背負うことになり、このためrEはかなり高い数値となる。一般的にベンチャー企業のFCFはばらつきがかなり大きいため借入金の元利返済を賄えない場合が多く、結果としてベンチャ−企業は無借金のところが多くなる。これは借金をしないのではなく、「借金できないので無借金」なのだ。

 以上を踏まえ、リスクをほとんどとりたくない(従って低いリターンで満足する)投資家は東京電力のD(電力債)を購入し、大きなリスクをとりたい(従って高い利回りを要求する)投資家はベンチャー企業のE(株式)を購入することになる。

 最後に、「事業リスクが大きくなっていくと、株主の属性(リスク許容度)は変化していく」という点を検討してみよう。

 これは、企業がその事業ポートフォリオを変化させていき、事業のリスクも変化させていった場合、Eに分配されるリスクの大きさが変化し、これに伴って株主の性格(リスクの受容度)も変化していくということを示している。 Eのリスクが大きくなっていけば、既存の(リスクをあまり取りたくない)株主は退出し、より大きなリスクをとれる新しい株主が参加入してくることになる。

 以上の議論は、事業戦略そして資本構成の変化に応じてCEOそしてCFOとして投資家とどのように対話していかなければならないかという点で貴重な示唆を与えてくれる。

 一つは、事業戦略の変更によって事業リスクが変化していった場合、ほぼ自動的に投資家の性格も変化していくということである。具体的には事業リスクが上昇すれば、よりリスクを許容する投資家が増加していくので、経営者として積極的でよりリスクの高い事業戦略をとりやすくなる一方で、場合によっては投資家からより積極的な事業展開を要求されることになるかもしれない。

 二点目は、事業リスクは同じであっても、資本構成を変化させていけばEのリスクは変化し、その結果として株主の属性も変化していくということである。CFOの重要な任務の一つは企業価値を最大にすべく最適資本構成(最適負債比率)を模索し、現実の資本構成を最適資本構成に近づけていくことである。バランスシートの左側にある事業のリスクが把握できれば、このリスクの大きさを前提として、借入金を購入してくれる投資家と株式を購入してくれる投資家に、それぞれどのような比率でリスクを分配していくか?つまりDとEの比率をどのように持っていくかということであるが、この比率によって株主の属性も変化していく。このことは、同じ事業リスクであっても、資本構成によって投資家(特に株主)の属性が変えられるということを意味している。同時にEのリスクが高まれば、よりリスク受容的な株主からはより積極的な事業戦略を要求されることになる可能性も高い。企業としてどのような株主に株式を保有してもらいたいのかを考えるにあたって重要なポイントとなるのである。
《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年10月16日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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