《財務・会計講座》金利ゼロの負債の不思議~転換社債型新株予約権付社債(CB)~

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■ヤマダ電機の例に見る「ただほど高いものは無い」理由

 前回のコラムで見たヤマダ電機のCBを例にとってみよう。ヤマダ電機は1500億円のCBを5年物と7年物の二つのCBに分けて発行した。5年物CBの発行内容は以下の通りである。

(1)社債の名称:株式会社ヤマダ電機2013年満期ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債
(2)社債の総額:700億円
(3)発行価格:本社債の額面金額の103%
(4)新株予約権の割当日および社債の払込期日:2008年3月14日
(5)新株予約権を行使することができる期間:2008年3月28日から2013年3月14日まで
(6)償還期限:2013年3月28日
(7)転換価額:14,175円
(8)発行条件決定日(2008年2月26日)における株価(東京証券取引所における終値):9,450円

 転換価額は発行条件決定日の株価終値のなんと1.5倍となっている。読者は5年間のうちにヤマダ電機の株価が本当に1.5倍になるか懐疑的に思うかもしれない。

 それでは、この新株予約権の価値を計算する方法はないのであろうか? オプションの価値決定理論として「ブラックショールズ・モデル」なるものがある。このモデルは簡単に言えば、当該株式の株価が将来上昇し新株予約権が行使された場合に得られるであろう利益の予想額を推計するものである。このモデルを使って上述のヤマダ電機の新株予約権の価値を試算すると、1株当たり1630円(*1)となる。行使に際しては1株当たり1万4175円分の社債を放棄して株式を取得しなければならないので、この放棄/取得額に対する予想利益額の割合は11.5%(1630円/1万4175円)となる。

 ヤマダ電機のこのCBは額面の103%で発行されているので、額面100万円のうち11.5万円が新株予約権の価値、そして残りの91.5万円(103万円−11.5万円)が普通社債の価値となる。この普通社債は利払いを行わず、5年後の満期に額面金額である100万円で償還されるので割引債の形態をとる。この割引債の利回りは年率1.792%(5年後の100万円を現在に割引いて現在価値が91.5万円となるような割引率が1.792%)ということになる。この時点での5年物国債の利回りが0.966%(*2)であったので、国債の利回りに0.826%のスプレッドが乗せられていることになる。この同期間の国債の利回りに対する上乗せ幅を「スプレッド」と称しているが、これは信用度の極めて高い国債に対して一般の社債は信用度に劣るため、信用度の格差に応じた金利の上乗せを要求されるためである。したがって、信用度の低い社債ほどこのスプレッドの幅は大きくなる。

 社債発行企業の信用度の尺度として「格付け」というものがあるが、ヤマダ電機はA+の格付け(日本格付研究所:2008年2月26日現在)となっている。この時点でのA+債の平均的なスプレッド幅は0.352%(*2)であったので、ヤマダ電機債は今回のCBの発行に当たって、この平均的スプレッドをかなり上回るスプレッドを乗せていることになる。この差額部分は投資家が当該CBを買いやすくするための一種の甘味料といえるが、理論的には、上乗せされている実質的なスプレッドの幅から見て、今回の資金調達に当たってはCBではなく普通社債と新株予約権をそれぞれ別々に発行したほうが全体的な発行コストは低くできたはずである。前回のコラムで見たように、事業リスクと株主構成の変更等々、コスト以外の目的もにらんでのCB発行といえよう。

 以上からみて分かるように、ヤマダ電機は新株予約権という価値のあるものを社債にタダで付けたので、利払い額をゼロとすることができたわけである。やはりこの世の中には(無償の愛を除き?)「ただのものはない」といえるようだ。

*1 ブルームバーグ推計のヤマダ電機株式の90日ヒストリカル・ボラティリティ値48.59%(2008年2月29日)に基づいて算定したコールオプション・プレミアム。過去90日間のボラティリティ(株価の変動幅)がかなり大きいため、コールオプション・プレミアムの推計値もかなり大きくなっている。将来、ヤマダ電機のボラティリティがこれよりも低くなることが予想される場合には、当然コールオプション・プレミアムの価値も小さくなり、これによって普通社債(割引債)部分の利回りも低くなる
*2 日本証券業協会発表 「公社債店頭売買参考統計値」(2008年2月26日)から算定

《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年7月4日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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