「万引犯の疑い」顔公開は何がマズかったか 私刑や実力行使は法で認められていない

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(3)名誉毀損

名誉毀損は、刑法230条で罪となり、また、民事上も損害賠償等を行わなくてはなりません。

多人数または不特定多数に対して、人の社会的評価を下げる事実を摘示したときは名誉毀損罪が成立します。過去の犯罪事実の公表であっても、「かつて犯罪を行った人」と知られてしまうとその人の評判が落ちるとされ、名誉毀損罪が成立することはありえます。もっとも、名誉毀損罪については、その行為が、公共の利害に関する事実に関するもので、かつ、公表の目的がもっぱら公益を図るものであった場合、事実の真実性を証明できたときは、処罰されることはありません(刑法230条の2第1項)。また、起訴前の犯罪行為に関する事実については、公共の利害に関する事実とみなされます(刑法230条の2第2項)。

万引犯の顔や姿態の写真を店内に掲載するという行為について、名誉毀損罪が成立するかについては、「その目的がもっぱら公益を図る目的であったか否か」が特に問題となります。

裁判例がある

この点については、裁判例があります。広島高等裁判所昭和30年2月5日判決です。事例は、時計の修理屋が預けられた時計約70点を盗まれたところ、Aが窃盗犯人であると思い、被害弁償をAから受けることを目的として、Aが窃盗を働いたとの事実を公表したというものです。

広島高等裁判所は、「その公表が主としてAから被害弁償を受ける手段としてなされたときは、捜査進捗を図る等の目的の公益性は認められない。」として、公益性を否定し、名誉毀損罪の成立を認めました。この裁判例を参考にするならば、今回の店主等による写真掲載が、主として捜査進捗を図る等の目的にあれば、名誉毀損罪で処罰されないと考える余地があります(なお、この裁判例において広島高等裁判所は、Aが窃盗犯人であることについての事実の真実性の要件も否定しています)。

もっとも、上述した裁判例は、主たる目的の公益性を否定した事案であるため、どのような場合に公益性が認められるかは判示しておりません。また、この判決は、60年ほど前に出されたものであり、現代のインターネットによる情報の拡散力の大きさや、冤罪の危険性等に鑑みると、裁判所が今後同様の事例に対して、どのような判断をするかを簡単に見通すことはできません。なお、現代においても、被害弁償を受ける目的や単に仕返し目的であれば、名誉毀損罪となると考えられます。

池田 大介 弁護士

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いけだ だいすけ / Daisuke Ikeda

東雲総合法律事務所所属。東京弁護士会・民事介入暴力対策特別委員会正委員。文部科学省原子力損害賠償紛争解決センター元調査官。取り扱い分野は刑事および民事、個人から法人までと幅広い。顧問先はマンガ出版社、アニメ制作、音響制作、メーカー、IT、不動産、介護事業等。著作物に関する商品化や電子書籍等、ビジネスに関する法的アドバイスを多く手掛ける。

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