円安なのに輸出量が激減する日本経済 時間が経っても輸出は自動的に回復しない

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これは「Jカーブ効果」ではない

ところで、「円安の効果が表れていないのは、一時的なものだ。時間が経てば、円安によって輸出が増える」との意見がある。この意見について、以下に検討しよう。

まず、輸出入額を見るには、実質額、数量、円建て価額、ドル建て価額など、さまざまな指標があることに注意しよう。経済活動に影響するのは、実質額である。したがって、経済活動に対する外需の影響を正確に見るには、GDP統計の実質値を見る必要があるが、すでに述べたように、GDP統計が得られるまでには、かなり時間がかかる。ただし、短期的には、数量を実質の近似値として使うことができる。先に述べたのは、そうした観点からのものだ。

通常、議論対象となるのは、円建ての価額である。例えば、「貿易赤字が拡大している」は、普通は円建ての輸出入差額を指す。ここで、円建て価額=数量×価格=数量×ドル建て価格×為替レートという関係があることに注意しよう。ここ数カ月で生じていることは、次の通りだ。

輸入については、数量もドル建て価格もほぼ一定である。輸出については、ドル建て価格は、ほぼ一定と考えられる。その反面で、数量が減少し、円安によって円建て価格が押し上げられている。この二つの効果がほぼ打ち消しあって、輸出価額の伸び率がほぼゼロになっている。

さて、「円安効果は時間が経てば実現する」というのは、「Jカーブ」の理論を援用したものだ。この理論は、1960~70年代のポンド切り下げが、イギリスの貿易収支の改善につながらず、かえって赤字を増大させたことを説明するために考えられた(詳しくは、拙著『経済危機のルーツ』第1章を参照)。

簡単化のため、輸入価格はすべてドル建て、輸出価格はすべてポンド建てだとする。短期的には輸出入の数量、および価格は一定なので、ポンド切り下げによって、ポンド表示の輸入額は増加する。他方で、ポンド表示の輸出額は不変だ。だから、ポンド表示の貿易赤字が拡大する。

しかし、一定期間後には、ドル建て輸出価格の低下によって輸出が増大し、拡大した貿易赤字は縮小すると期待される。現在日本で生じている貿易赤字の拡大は、これと同じメカニズムで生じているというのだ。そして、数カ月経てば、円安の輸出増大効果が表れるというのである。

しかし、この考えは現在生じていることを正しく説明していない。輸入価格がドル建てであり、数量が不変というは、ほぼその通りである。しかし、輸出価格の多くもドル建てであり、ほぼ不変であると考えられる(外貨建て取引の比率は、輸入が約8割、輸出が約6割だ。しかし、これとドル建て価格の固定性とは別のことだ)。現在起こっている最大の変化は、相手国の事情で日本の輸出数量が減少していることだ。このために貿易赤字が増大している。

すでに述べたように、実質貿易赤字の拡大は、経済の総需要を縮小させるという意味で重要だ。しかし、円表示貿易赤字はそれほど重要な問題ではない。なぜなら、第一に、円表示の所得収支は円安によって増大するので、円表示経常収支は、それほど悪化しない。第二に、円表示貿易赤字の拡大がもたらすものは、主として国内の所得移転だからである(これについては、後述する)。

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