円安なのに輸出量が激減する日本経済 時間が経っても輸出は自動的に回復しない

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輸出はJカーブ理論通りに増加しない

問題は、円表示の貿易収支がどうなるかでなく、実質輸出(近似的には輸出数量)が増えるかどうかだ。経済活動に影響を与えるのは実質値だからである。

しかし、それは多分無理だ。なぜなら、輸出数量が増えるには、ドル建て価格が低下しなければならない。しかしそれは、円安による輸出増大戦略=近隣窮乏化戦略として、外国から非難される可能性が強い。ところが、ドル建て輸出額の統計を見ると、これまで為替レートが変化しても、ドル建て価格は一定に保たれているようである(円安批判が強くないのは、そのためだ)。

ドル建て価格が不変なら、輸出量が増えることはなく、円安は輸出企業の円建て手取り収入を円安がなかった場合に比べて増やすだけだ。これは、経済活動の実態には影響を与えず、所得再分配だけをもたらす。ただし、これは輸出企業の利益が現実に増えることを意味するわけではない。数量の減少が著しいので、円安でも輸出価額が減少しているからだ。乗用車について2月の対前年比伸び率を見ると、数量でマイナス13.4%なので、円安で価格指数がプラスの伸びにもかかわらず、輸出価額の伸びはマイナス5.2%だ。

つまり、仮にドル建て価格を引き下げても、それで数量が増えるとは限らないのだ。輸出先国の事情による販売数量減少が、価格引き下げによる販売数量増加を凌駕しているのである。だから、ドル建ての収入は減る。そして、円安にもかかわらず、円表示の収入が減ってしまう。

もちろん、将来輸出先国の事情が変化して、輸入が増える可能性は否定できない。しかし、中国の輸入減は景気循環的な要因ではなく、経済危機後の大規模景気刺激策の終了によるもので、容易には回復しない。

しかも、為替レートは不確定だ。イタリアやキプロスの政情によって、簡単に円高に戻ってしまう可能性も否定できない。そうなれば、輸出増大効果は期待できないだろう。

週刊東洋経済2013年4月6日号

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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