駅が開設されるとマンションが建設され、若い住民が増えていく。それでもなお、ほかの街に比べると急速に都市化されることはなかった。
昭和の面影は薄れたが…
1987(昭和62)年7月、桜新町商店街は「サザエさん通り」と名付けられた。商店街の活性化を狙ったものだ。1988(昭和63)年に世田谷区の「ショッピング・プロムナード整備事業」のモデル商店街の指定を受け、道路のカラー舗装やモニュメント設置、電線地中化、歩道の拡幅にも取り組んだ。
桜新町にはサザエさんの原作者・長谷川町子さんが長年暮らしていた。商店街を抜けた先には1985(昭和60)年に、原画などを所蔵する「長谷川美術館」(現・長谷川町子美術館)が開設されている。
商店街には、サザエさんに登場する酒屋「三河屋」や魚屋「魚徳」のモデルとなった同名の店舗も実在し、長谷川さんの家にご用聞きに入っていたそうだ。平成生まれの筆者はご用聞きに馴染みがないが、幼い頃に見ていたサザエさんのアニメで、サブちゃんがサザエさん宅に来るシーンがあったなと思い起こされる。
「魚徳」で働いていた女性は2002(平成14)年の『産経新聞』にて、「あの作品は当時の桜新町そのものでした」と語っている。また、同記事において当時の桜新町は、「どこか昭和30年代風の懐かしい雰囲気が漂っている」と描写されている。(『産経新聞』2002.5.29)
この頃「三河屋」が閉店しコンビニになるなど、昔ながらの商店は少なくなっていた。駅前通りにはビルが並ぶようになる。それでも桜新町は平成に入ってもなお、変化の小さい街だった。
現在の桜新町は建物が個別に建て替わっており、昭和の雰囲気はあまり感じられない。商店街にも古い建物は少なく、店も随分と入れ替わったのだろうという印象を受ける。だが市街地再開発が行われることはなく、タワマンや超高層ビルのない街並みが保たれている。
渋谷や三軒茶屋に近く、人通りも多い桜新町はなぜ再開発されないのか――。続く後編ではその理由を考察する。


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