戦後、桜の木の一部は老朽化や街の開発のために伐採されてしまう。さらに新町住宅地は、1961(昭和36)年に開通した国道246号によって南北に分断された。
それでも、Y字の骨格道路と桜並木はいまも残る。桜並木は2007(平成19)年度、「旧・新町住宅地の桜並木」として地域風景資産に選ばれている。
現在は大豪邸がいくつも建ち並ぶような住宅地ではないものの、敷地にゆとりのある戸建てが並び、庭先の木々が豊かな家や歴史を感じる立派なお宅もある。高級車もよく見かける。住民にとってはこの住環境そのものが資産であり、大規模な再開発を持ち込む余地は小さい。
北だけで行われた区画整理
桜新町駅周辺のもうひとつの顔は、駅北側のエリアだ。北側では1931(昭和6)年7月、「駒沢町新町区画整理事業」の組合設立が認可され、土地区画整理事業が実施された。そのため、道が碁盤の目状に整っている。
ここは新町住宅地と異なり、マンションの比率が高い。合間に町工場が建ち、工務店からトントンと作業音が聞こえてくる。世田谷区では珍しい準工業地域だ。準工業地域は住居系の用途地域に比べて建てられる建物の制限が緩く、工場が撤退すると跡地にはマンションが建ちやすい。
象徴的なのが富士自動車新町工場の跡地で、「ライフ桜新町店」が建設された。一帯をまとめてつくり変える「再開発」ではなく、ひとつの工場跡がマンションやスーパーに置き換わる敷地単位の更新がなされている。
一方、駅南側、駅と新町住宅地の間のエリアでは道が不規則に通っている。これが桜新町の3つ目の顔である。昭和初期、南側では地元の反対があり、区画整理が行われなかった。
実際に歩いてみると、北と南の差は一目瞭然である。南側は車も通れないほど細い道も少なくない。


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