さらに福田氏は08年9月、唐突にきっかり就任1年で退陣。12年11月の衆院解散に伴い、政界を引退した。その後の14年間は、親中派の旗頭として日中関係改善に取り組んできた。
福田氏は今年8月のBS日テレ「深層NEWS」の単独インタビューで、元首相としての思いを語った。
その中で福田氏は「われわれに課せられた命題というのは『戦争は絶対に起こさない』ということ。戦争の悲惨さをつねづね、年上の人が教え込むということを普段からやっていなければいけない」「国民は真実を知っていなくて、その時々の空気で判断することもある。そのところを政治家が見極めなければいけない。これはもう大原則です」と、高市政権を取り巻く日本の現状への危惧を露わにしていた。
退陣会見での発言が「流行語大賞」入選
その一方で、福田氏はさまざまな発言で物議を醸したのも周知の事実。1990年の国会初登院時には、元首相の父・赳夫氏との違いを記者団に問われると「あんな年寄りと一緒にしないでください」と、きつい一発を放った。
続いて、2000年10月に官房長官に就任した森内閣では、アメリカの原潜と日本の生徒らが乗船した実習船が衝突した事故の当日に、森首相がゴルフをしていたことをめぐり、記者会見で「止めなかったのか」と聞かれると「トゥーレイト(遅すぎた)」と回答して、注目された。
そうした一連の「福田語録」の中で、多くの国民も記憶しているのが、08年9月1日の首相退陣会見ではないだろうか。
官邸記者団の1人から「(発言ぶりが)他人事のようだ」と指摘されると、「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と反論。この発言が同年の「新語・流行語大賞」に入選した。福田氏が受賞を辞退したことも含めて、「いまだに政界での語り草」(首相経験者)となっている。
福田氏の死去から1週間後の10月29日、都内の葬儀場での通夜には自民党の鈴木俊一幹事長をはじめ、各界の有力者が多数参列した。これに先立って遺体を乗せた霊柩車が国会前や自民党本部などを巡回した際には、自民党本部前に自民党議員や職員が整列し、故人の遺徳を偲ぶなど、改めて「故福田氏の存在の大きさ」(同)を浮き彫りにした。


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