そのころ出会った「経営コンサルタント」を名乗る男に師事するようになり、金銭トラブルに巻き込まれたのだ。
「今考えると一番悪いパターンですよね。あっちこっち顔出して、おもしろそうな話に飛びついて。後輩たちを守るためにお金を支払ったのに、後日その後輩たちもグルかもしれないと警察から言われたんです。そこで初めて、人間とお金の怖さを実感しました」
だまされたことよりもお金を失ったことよりも、そのとき自分に手を差し伸べてくれる人が1人もいなかった事実が、丹羽さんの自信を削った。周囲から慕われていると信じていた。
すぐに明日の暮らしにも困るようになり、仕方なく名古屋を離れ、実家の焼肉店を手伝うことになる。
介護福祉業界にみたビジネスチャンス
焼肉店の仕事は「マジ無理だった」と、当時を振り返る。
「昼から仕込みして、酔っぱらいの相手をして、仕事が終わるのが25時。この仕事、自分には続けられないと思っていましたね。それに、飲食業はマーケットとしても魅力を感じなかった。この業界で勝てるイメージがまったく湧かなかったんです」
家業を手伝う以外はほとんど自宅から出なかった丹羽さんと介護をつなげたのは、当時ヘルパーをしていた姉だった。家から出られない高齢者の髪を切ってほしいと頼まれたのだ。
「そこで、久しぶりに人から『ありがとう』って言われたんです。そのときに、なんというか……光が差した気がした。『介護の仕事っていい仕事なのかも』と、見方が変わった瞬間でした」
そこから姉に同行し、高齢者の散髪をするボランティアを始めた。人間不信で「アウェイ」の場所に行くのが怖かった当時の丹羽さんにとって、介護の現場は「安心できる場所」。少しずつ介護に慣れ、2008年にヘルパー資格を取得した。
「当時の僕は、どこかに勤めて知らない人と働くことが怖かった。そこで、姉と一緒に小さな訪問介護事業所『HIDAMARI』を立ち上げました」
ヘルパーの仕事は苦にならなかった。おむつ交換も入浴介助も抵抗はない。何よりも、生来のコミュニケーション能力が役に立ち、利用者からもご家族からも重宝されるようになったのだ。


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