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手取り14万7000円の美容師を辞め、人に騙され引きこもりに…どん底の青年が「マッチョ介護」で31施設を築くまで

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介護の現場で働くマッチョと利用者。こちらは撮影のため、服を脱いでくれたもの(写真:ビジョナリー)
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「お金よりも上場よりも、介護業界を変えた変革者として歴史に名を残すような会社にしたいんです」

果たして、「誰かのために」と「自分のために」は、両立するのだろうか。

野心家の若者が受けたしっぺ返し

愛知県一宮市にある、生活介護(障害者デイサービス)atto。

障害者生活介護(デイサービス事業)『atto』外観(写真:ビジョナリー)

日に焼けたハリのある肌、人を引きつけるコミュニケーション力に、圧倒された。目の前の丹羽悠介さんが東京である程度成功している起業家だと言われれば、疑いなく信じてしまうだろう。

そもそも丹羽さんの出発点は、「誰かのため」とは程遠い。キャリアのスタートは美容師だった。

「中学生のころから美容師になるって決めていました。当時は『カリスマ美容師ブーム』で、かっこいいと思ってたんですよね。美容師を目指した時点で、それなりに承認欲求が強いタイプの人間だったと思います」

「かっこいいから」、「承認欲求のため」と隠すことなく語る丹羽さんは、むしろ清々しい。また美容師を諦めるのも早かった。働き始めてすぐに、美容師業界に限界を感じ始めたのだという。

「当時の月収は手取りで14万7000円。そこから保険料や年金を払ったら、10万円ぐらいしか残りません。名古屋の中心地で1人暮らしをして、毎日朝早くから夜遅くまで働いて。たとえ10年後トップスタイリストになれたとしても、年収1000万円前後。当時の自分は、『トップ人材なのに夢がない』と思ってしまったんですよね」

迷いのなかでふと美容院の経営者を見ると、どうやらトップスタイリストより儲かっているようだ。若い丹羽さんの興味は、「カリスマ美容師」から「経営者」に移っていった。そして1年半が経過し、20歳で美容師を辞めた。

「当時憧れていた先輩のアシスタントから外されたことと、慕っていた先輩が結婚して美容師を辞めたことが重なって、この仕事に将来性を感じなくなりました。僕はもともと勝負事が好きで、勝てない戦いに挑むよりも、確実に勝てる試合に行くタイプなんです」

美容師を辞めた後は、儲かりそうなことを探してはいろんな集まりに顔を出すようになった。しかし、野心家で、無鉄砲だった20歳の丹羽さんが、世間から手痛いしっぺ返しを受けるまでに、時間はかからなかった。

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