「結局、アウトプットが増えても、やっている人はほぼ同じなんです。制作部も助監督も同じ人がやっている。それで裾野を強くするのは無理だと思う。『今年はこれだったよね』というヒット作品を1個でも多く作って、こういう仕事をやりたいという人に志望してもらう。すごく原始的ですが、それしかないと思っています」
国に望むのはむしろ、ロケのしやすさだという。「もう東京でロケをするのが本当に難しいです。そういう国策はやってほしい」。
岡野氏は、日本の作品の質は低くないと実感している。TBSが製作し、Netflixでも配信された『Tシャツが乾くまで』には、韓国のチームから反響が届いたという。
「私の時代は、就職希望の上位がテレビ局だった。新しい才能や若い人たちが集まれば集まるほど、それがアイデアになり、いいものが作れる。全然夢物語ではないと思います」
2人の言葉に共通するのは、ボトルネックは「カネ」ではなく「人」だという認識だ。国の計画も人材育成を掲げてはいる。だが、育てるだけでは足りない。育った人が川島のように現場にとめ置かれ、適正な対価も得られなければ、この仕事を志す人はいなくなる。
宮藤官九郎も「誰も知らない脚本家」だった
インタビューの最後に、磯山氏に宮藤氏との出会いを聞いた。その話は、この作品のテーマそのものだった。
1990年代の終わり、TBSで若手プロデューサーが若いキャストと脚本家で作る『コワイ童話』という深夜ドラマの企画があった。磯山氏は大人計画の社長から、当時まだ無名だった宮藤氏のコント台本を渡され、興味を持った。
書いてもらったのが『親ゆび姫』。「天才だと思った」が、まったく話題にならなかった。次の深夜ドラマも同じだった。


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