転機は2000年の『池袋ウエストゲートパーク』だ。監督の堤幸彦氏が若手脚本家を求めた。
「私は天才だと思うけど、まったく話題にならないあの人しかいないと思って。試しに3週間で第1話を書いてもらったら、堤さんがこの人でいきましょう、と」
編成に「その人、誰?」と言われないよう、名前はぎりぎりまで伏せていた。撮影が進むと、出演していたきたろうが「この人はすごい脚本家になるから大事にしたほうがいい」と言ったという。当の宮藤氏は企画を出してもボツ続きで、「いつか誰か俺に好きなように書かせてくんねえかな」と思っていたそうだ。
「やり直せる」を奇跡で終わらせない
今や日本を代表する脚本家も、1人のプロデューサーが賭けなければ埋もれていたかもしれない。田中卓と川島の物語と同じだ。
日本のコンテンツが世界へ飛躍するのに必要なのは、クリエイターや役者がのびのびと才能を生かせることだ。補助金の額よりも、それができる環境がいる。国も、放送局も、配信プラットフォームも、それを意識して作らなければならない。
仕事ができ、映画も研究しているのに、40歳を過ぎても監督になれない。そんな川島が当たり前であってはいけない。高瀬川玄が誰にも知られなくなり、無名の役者・田中卓になっても、はいずり回って努力すれば、はい上がれた。それが物語の中の奇跡ではなく、当たり前に起きる環境を国と業界を挙げて作ること。それこそが5000億円への本当の近道ではないか。
劇中に「俳優とは何度でも再生可能なペットボトルだ」というせりふがある。何度でも再生できるべきなのは、俳優だけではない。助監督も、脚本家も、そして日本の映像産業そのものもだ。
(一部敬称略)


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