もっとも、消費者に被害回復の法的手段が存在しないわけではない。独占禁止法25条は、カルテルなどによって損害を受けた者が違反事業者に損害賠償を請求できる制度を設けている。また、民法709条の不法行為責任に基づく損害賠償請求も可能である。
しかし、1970年代の石油危機の際の灯油価格カルテルをめぐる独禁法25条に基づく87年の東京灯油訴訟、民法709条に基づく89年の鶴岡灯油訴訟のいずれの最高裁判決でも、カルテルがなければ成立したであろう価格を立証できなかったことなどから、消費者側の請求は退けられた。その後、1998年施行の現行民事訴訟法248条により、損害額の立証は一定程度緩和されたが、損害の発生や因果関係の立証は依然として原告の負担である。
そもそも訴訟費用や立証の負担を考えれば、個人がメーカーを相手に損害賠償請求訴訟を起こすことは現実的ではない。とりわけ小売店を通じて商品を購入する消費者の場合、カルテルによる値上げ分が小売価格にどの程度転嫁されたかという問題も加わる。1人あたりの被害額が小さいこともあって、消費者による被害回復の困難さが解消されたわけではない。
カルテルや談合が後を絶たない日本の「仲間意識」
日本では、独占禁止法が1947年に制定されてから約80年が経過しようとしている。それにもかかわらず、価格カルテルや入札談合は後を絶たない。公共工事の入札談合では、長年の取引関係や業界内の慣行を背景に、受注予定者を決めたり、価格を調整したりする事件が繰り返されてきた。今回のビール業界の疑惑にも、それと共通する構造がうかがえる。
今回の事件で問われているのは、ビールメーカー4社の法的責任だけではない。日本の産業界に根強く残る、競争よりも協調を重視する慣行そのものではないだろうか。公取委には疑惑の徹底解明と厳正な法執行が求められる。同時に、仮に消費者被害が認められた場合、その損害をどのように回復するのかという問題についても、社会全体で議論を深める必要がある。


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