紅茶に浸したマドレーヌを口にした瞬間、主人公は喜びに満たされ、田舎町コンブレーでの少年時代の記憶がよみがえる。本作序盤の有名な場面だ。
しかし、プルーストが描いたのは記憶だけではない。読み進めると、厄介な問いが現れる。──私たちは目の前の人を本当に見ているのだろうか。すなわち、人間の認知というテーマである。
舞台は百年以上前のパリ社交界。若き主人公は作家志望だが何を書いてよいかわからない。憧れていた貴族のサロンに入り込むが、そこは虚飾と序列の世界だった。誰を晩餐会に招き、招かないか。肩書、評判、噂などを基に「あの人はこういう人だ」とのイメージが勝手につくられる。自分が言っていない言葉が、人から人へ伝わり、自分に戻ってくる。人間の他者認識は実にいいかげんだ。鋭い観察眼を持つ主人公は、権威ある貴族サロンの実態に幻滅する。だが、その評価体系から離れられない。
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