もう一つの魅力は、「マニアックさ」だ。朝井さんはハロー!プロジェクト(ハロプロ)のファン、いわゆる「ハロヲタ」としても知られている。先ほど紹介した「Juice=Juice」も、ハロプロのグループだ。
ハロプロを語る『CDジャーナル』の連載は2015年から続き、2026年9月には、それらをまとめた『柚木麻子・朝井リョウ・でか美ちゃんの宇宙のどこにも見当たらないようなハロプロの話を50万字しよう』が発売された。
つまりは、冒頭に紹介したダンスも、突然起きたイレギュラーな出来事ではなく、“通常運転”の一環でしかない。しかし、一般的には「なんで小説家が踊るの?」といった意外性を与え、そのギャップがおかしみにつながる。
言い換えれば朝井さんは、「たまたま“文章”を主戦場にしているだけで、さまざまな角度から見ても『表現者』と言える存在」なのだ。だからこそ、あらゆる側面を部分的に見た人でも、興味関心を持てる。
もちろん、熱意だけで表現は成り立たない。どこかに「どう見られるか」の意識や工夫がなければ、ただの自己満足にすぎず、評価もされないだろう。単に「人気小説家だから」ではない、プラスアルファの要素がなければ、道楽でしかないと判断されてしまう。
大事なのは「踊っても不思議ではない」という、セルフブランディングをどう行っていくかだ。その点において、長年のハロプロ愛は、ストーリーの下地になっている。
「小説家なのに」が「朝井がまた…」に変わるとき
もっとも、職業から受ける先入観と、本人の振る舞いが離れているように見えると、受け手は戸惑う。例えば、“俳優のおもしろトーク”には、作品の中の姿のみを見たいと思い反感を抱く人もいる。「なぜ、この人がここで」という違和感は、ときに嫌悪感へと変わるのだ。
しかし、朝井さんの諸活動は「小説家なのに」で完結しない。好きなものには深く入り込み、どうすれば他人にも伝わるかを考える。文章、会話、ダンスと手段は変わっても、そこに同じ人物の輪郭を見ることができる。


※ログイン後、コメント入力が可能です。