すると、受け手からすると、「作家が別分野に越境した」という区切りが、だんだんと薄れていく。つまり「小説家なのに」のギャップから、「朝井リョウだから」の一貫性へと変わる。そして、職業としては予想外の言動に見えても、個人としては納得できるという土壌が生まれる。
SNSで「朝井がまた……」と半ばあきれつつ喜ばれるのは、その表れだ。“本業”以外の面白さは、本業と切り離されているのではなく、同じ人物の延長線上にあるのだ。
入り口は別々、たどり着く“味”はひとつ
こうして見ると、朝井さんは職業の枠を越えて、「個人」を軸に評価されている。小説家としての受賞歴を知らなくても、会話が面白い、踊る姿が好きだ、というところから関心を持てる。
それは「間口の広さ」というより、「入り口の多さ」とも言える。例えるなら、多角展開する飲食店。ラーメン屋とカレーショップ、本格フレンチレストランが並んでいる。各店で提供する商品は異なるが、経営者は同じで、ひとつの鍋で作られたブイヨンを使っている。
どこかで常連になった客は、ブイヨンそのものに魅力を感じる。そして、系列店にも足を運ぶようになり、グループとしての“味”にハマっていく。入り口は別々でも、たどり着くところはひとつなのだ。
スマートフォンの普及などにより、人々の興味関心が細分化する昨今では、いかに複数の接点を用意するかが重要となる。それも、ただ肩書を増やすだけではだめだ。異なる活動をしているにもかかわらず、ひとりの人物像に収束していく必要がある。
朝井さんは、そんな「SNS時代の新たな文化人」のモデルと言える。


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