人に会いたくなれば小坪へ行き、程よいところでマリーナの自宅へと帰る。
「ふらっと人の輪に入っていって、帰ればひとり。そのくらいの距離感が、今はちょうどいいのかもしれません」
川原さんの部屋は現代的にリノベーションされているが、木製の柵をあしらった広いバルコニーには、往年のリゾートの面影が残る。ここでビールを片手に、ひとり海を眺める時間も好きだという。
故郷とは別の港町で、「やりたいこと」をもう一度
しかし小坪での人とのつながりは、川原さんが一度は手放したものを呼び戻すことになる。
20代のフリーライター生活が軌道に乗らず、30代で会社員になった。ライターとしての持ち味だった文体を捨て、ビジネスマンの言葉をインストールした。生活は安定したが、10年ほどたつうちに、書くこと自体からも遠ざかっていた。
「『もう書かないの?』と聞かれても、即答で『やりません』って言っていました。全くやる気もなかったし、もう書けないと思っていたんです」
ところが小坪には、酒屋の客がギターを持ち出して歌えば、周囲が投げ銭をするような空気がある。プロとアマの境界も曖昧で、料理をする人、音楽をする人、作品をつくる人が、ごく自然に行き来している。
「そういうのを見ているうちに、『もう書けません』みたいなこだわりが、ほどけてきたんです。別に書きたいなら書けばいい。通用しなかったら、通用しなくてもいい、くらいの感じになってきました」
地元鹿児島の港町を離れ、いくつもの住所を経てたどり着いた、もうひとつの港町。川原さんはそこで、「書くこと」をもう一度始めている。


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