そんな都会的な感性を持つ川原さんだが、都心で育ったわけではない。生まれ育ったのは、鹿児島県阿久根市。海に面した小さな漁港の町だ。両親は公務員で、父親はかなり厳しく、ファミコンも自転車も買ってもらえなかった。中学時代には、同級生が自転車で通学するなか、ひとり歩いて通ったという。
「地元にずっといるイメージはなかったです。当時から人口がどんどん減っていて、大学に行くなら、地元を出るしか選択肢がなかったんです」
大学進学を機に上京した。しかしそれからの道は、平坦ではなかった。
ただ住むだけの家では、つまらない
「本当にお金がなくて、1日70円くらいで生活していた時期もありました」
20代でフリーライターをしていた頃の話だ。「サッポロ一番」を朝と夜に半分ずつ食べる。ガスを止められていたので、炊飯器でお湯を沸かした。銀行口座の残高が2桁円になったこともある。だが、同じ20代の川原さんには、もうひとつの数字の現実がある。月収の半分以上を、家賃に充てていたのだ。家賃は収入の3分の1まで、という世間の目安を大きく超えている。
1日70円の生活と、月収の半分を超える家賃。お金がないときでも、「どこに住むか」の優先順位は人よりも高かった。その感覚が確信に変わったのは、30代で会社員になり、生活が安定してからだ。
10年以上暮らした船橋は住みやすく、川原さんは気に入っていた。ところがSNS発の異業種交流会に顔を出すようになると、ある質問で空気が変わるのを感じた。
「そういう集まりでは『どこに住んでるんですか』が定番の話題なんです。周りが『自由が丘です』なんて言うなかで、僕が『船橋です』って言うと、シーンって音が聞こえるくらい静かになる。船橋が千葉県民にどれだけ人気があろうが、ららぽーとがあろうが、IKEAがあろうが、そこでは関係がないんです」
住所が物語るものは大きい、と川原さんは学んだ。
「同じ人でも、祖師谷に住んでいるのと六本木に住んでいるのとでは、たぶんキャラクターが違って見える。通勤時間から逆算して住む場所を決める人は多いけど、僕は、どこに住むかは自己演出の一部だと思っていて。どんな街の、どんな物件を選ぶかは、人となりを示すうえですごく大きい。内面だって変わってきますから」


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