そこで整形やメイクでさらなる美を追求し、他人視点の魅力が110になったとする。ところが、脳は2割増しの132の顔に変身したと感じている。差はやはり2割のままだ。顔をいくらアップデートしても、そのギャップはいつまでも埋まらない。
だから、写真や動画で他人視点の顔に出合うたびに、盛られていない顔との差が、また同じように現れる。そこで人は、「もっと」と求める。アップデート→見慣れる→差が現れる→またアップデート……この繰り返しが、整形の沼にハマっていく理由だと筆者は考える。
なぜギャップは埋まらないのか。それは差が生まれる原因が、顔の造作ではなく、見る側(他人)の仕組みにあるからだ。
「見慣れた像が自分の顔になる」仕組みも、顔を盛って受け止める仕組みも、自分がどう変わったとしても働き続ける。外見に自己価値を預けている人ほど、この差を重く受け止め、堂々巡りに陥りやすい。
加工アプリの「フィルターの顔」は、この“盛った差分”を、画面の中に取り出したものと言えるかもしれない。アメリカの研究者らは、加工した自撮りを基準にする人が出ていることに注意を促している(※7)。
もっとも、美醜は人の好みによって判断が変わる。「アップデート」したと思っても、それは誰にとっても美しくなったと言えるものかはわからない。本来、美には上も下もない。だから「元の顔でもじゅうぶんきれいだったのに」という意見が出るのだ。
「わずか0.013秒」で魅力的かどうかを判断している
人の第一印象は、驚くほど一瞬だ。わずか0.1秒の観察でも、人は相手が信頼できそうかどうかなどを判断し、その判断は、時間をかけた判断とよく一致する(※8)。


※ログイン後、コメント入力が可能です。