それは、多くの人が日々向き合っている「自分の顔」は、他人が実際に見ている顔とは別物だからだ。自分の見た目を「もう少し変えられたら」と考え続けてしまう一因は、そこにあると筆者は考えている。見た目の科学から、その理由を解き明かしたい。
顔をアップデートし続けるのは、欲深いからではない
研ナオコさん演じる、余命わずかのがん患者・ゆり子が、最後に自分のためにと命の危険を伴う美容整形を希望するエピソードが印象的だ。そんな彼女を前に、主人公の文は「患者のためにどこまですべきか」と自問する。
また、安達祐実さんが演じる、整形依存症のキャバクラ嬢・佐緒里は、施術を重ねすぎたせいで顔面が動きにくいなどの不具合も出ている。それでも満足できず、整形をやめられないという沼にハマっていく凄まじい役柄だった。
「どこまで」には、明確な答えがない。患者側にも、施術する側にも、である。
それに対し、「見た目への欲が強いからだろう」と思うかもしれない。ゆり子の場合は、美への渇望というよりも、最後の時間をどのような自分で過ごしたいか、という願いだったのだろう。
しかし筆者は、佐緒里のように整形を繰り返していたとしても、それは欲の強さの問題ではないと考える。
心理学では、人が「自分の価値は何で決まるか」を考えた際、外見に自分の価値があると思う状態を「外見に左右される自己価値」と呼ぶ(※1)。外見に自分の価値を預けている人ほど、見た目の出来に自尊心が揺れる。


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