典型的な税金の私物化に対し、まさにメディアが全面戦争を仕掛けている様相だが、当初の簗氏にはさほどの危機感はなかったようだ。10月2日の農水相会見で質問が出ても、「大臣就任前の一議員としての活動に関しては、コメントは控えたい」と述べるに終始した。
ただ、臨時国会を前にして、放置してはまずいとの判断があったのだろう。簗氏は夕方に“衆院議員としての会見”を開き、「国土交通省に問い合わせた内容を地元の自民党支部で報告した(だけ)」と、予算についての“関与”を否定。「誤解を招いたことについては真摯に受け止め、今後こういったことがないようにしっかりと職務に臨みたい」と述べた。
だが、それでは騒ぎは収まらず、5日の“謝罪会見”となった次第だ。もっともその背景には、「大事なヤナちゃん」を更迭せずに済ませたい高市首相の思惑も透けて見える。
「税金の私物化」を招いた複雑な地元事情
簗氏は12年の衆院選で、渡辺喜美氏が自民党を離党した後の栃木3区に出馬し、比例で復活。14年の衆院選では6万2814票を獲得し、渡辺氏を下して小選挙区で当選した。
その後、17年の衆院選では7万4371票、21年の衆院選では8万2398票と得票数を順調に伸ばしていった。しかし、裏金問題で半年間の役職停止処分を受けた24年の衆院選では4万5546票と、約3万7000票も減じることとなった。
このとき、栃木3区に初挑戦した無所属の渡邊真太朗氏との差はわずか178票。26年の衆院選では投票日2日前に人気高騰中の高市首相が那須塩原市に応援に入り、簗氏は5万3975票と前回より得票数を伸ばしたが、5万8483票を獲得した渡邊氏に4508票差で敗退した。
「栃木3区はもともと『渡邊』と書きたい人が多い」と地元関係者は語る。「地方は地縁・血縁がモノを言う。真太朗氏は那須烏山市の出身で、那珂川町は那須烏山市に隣接している」。
実際、那須烏山市では、渡邊氏の得票数は8642票で、簗氏の2760票の3倍以上にのぼった。那珂川町でも渡邊氏は4379票で簗氏は2481票と、約2倍の大差となった。
そして、実際に26年度予算の社会資本整備総合交付金の額(道路部分)は、那須烏山市が前年度の6535万円から2426万円へ、那珂川町では4934万円から2262万円へ、大きく減らされていた。


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