プライベートでは、学生時代に通っていた美術予備校のつながりで、芸術家の夫と知り合い結婚。その後、子どもが生まれたことを機に独立の道を選んだ。「フリーの女性コピーライター」という存在がまだ珍しかった時代、美容や子育て分野など様々な案件を手掛け活躍したという。
苦しい10代を過ごしたはるこさんだったが、広告の世界は彼女にとても合っていた。
「広告業界は凄く馴染みやすかったです。テンポが合う人が周りに多くいたというか。みんなで言葉を研ぎ澄ます、というのがとにかく楽しいんですよね」
仕事を通じて、自然とお互いの人間性を知ることができる。また業界の風土が、「ものごとを突き詰めること」「人と違う発想を持つこと」に肯定的だった、という要因もあるかもしれない。
ギフテッド特性を持つ子どもたちの苦しみが、近年メディアで取り上げられるようになってきている。これに対してしばしば見かけるのは、「学校でつまずくようでは、社会に出てから大丈夫なのか」という反応だ。
これはもっともな疑問だろう。しかし、実ははるこさんのように「働き始めてから自分らしく生きられるようになった」というギフテッド当事者は珍しくない。得意なことで周囲と通じ合えたり、ある程度の裁量を持って行動できたり。そういった環境に出会い、能力を発揮しつつ幸せに生きている、という人も多いのだ。
かくいう筆者自身もギフテッド当事者だが、人生で一番大変だったのは子ども時代だ。学校は、性質や得手不得手にかかわらず(基本的には)年齢に沿って一律のルールで集団生活を送る場所である。もしかしたらそれは(人によっては)「社会よりも過酷」なのかもしれない。
母として、「高知能」の当事者として
現在のはるこさんは、3人の子どもを持つ母親だ。自分のことを「食べ盛りの子どもたちに唐揚げを1.5kg揚げる、普通のお母さん」と語る彼女にとって、子育てはどんな経験だったのだろうか。


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