この日は、9月上旬の平日だったにもかかわらず、納沙布岬には全国各地から多くの旅行者が訪れていた。ある旅行者はJR東日本の「大人の休日倶楽部パス」で、関東から新幹線と特急列車を乗り継いで根室駅まで来たという。ちょうど、室蘭本線が災害により不通となっていたことから、函館―札幌間については長万部―東室蘭間で1日に2便設定されている代行バスを乗り継ぐなどして、移動に7時間程度がかかり大変だったという話も聞いた。
この日の納沙布岬の訪問者は、外国人よりも日本人のほうが多い印象で、JRの「大人の休日倶楽部パス」の送客効果を強く実感した。
こうした外国と接する地域では、人の流れが途絶えてしまうことが大きなリスクとなる。納沙布岬のロシア人漁師不法上陸事件では、地元漁業者からの通報により速やかに逮捕に至っている。漁業者や観光客、地域住民の活動が活発であれば、不審船や不法上陸といった異変にも気づきやすい。しかし、人口減少や地域の衰退によって人の目が失われれば、不法上陸の監視機能そのものが弱まってしまう。
領海警備というと海上保安庁の役割が注目されがちだが、実際には地域産業を維持し、根室本線(花咲線)を維持し、日本人が訪れ続ける環境をつくることもまた重要な安全保障なのである。
「鉄道の旅」が観光資源に
さらに次の日は、2026年10月10日でラストランを迎えたくしろ湿原ノロッコ号に乗り、釧路―塘路間を往復した。1週間ほど前に予約した展望席はほぼ満席で、改めてこの列車が北海道を代表する観光列車として高い人気を誇っていることを実感した。
筆者は、くしろ湿原ノロッコ号には初代編成が活躍していた1993年10月10日にも乗車しているが、30年以上前と比較して、大きな変化を感じる場面があった。それは、運行開始当初は、大半の乗客が釧路湿原駅で下車していたのが、現在では、大半の乗客が塘路駅まで全区間乗車するようになっていたこと。さらに、車窓から見える野生動物のエゾシカやキタキツネだけではなく「撮り鉄」にも乗客の歓声が上がり、「旅の途中で出会う見どころ」として受け止められていたことだ。
当初は、釧路湿原駅を訪れるアクセス列車としての性格が強かったくしろ湿原ノロッコ号であるが、1989年の運行開始から37年を経て、「列車で旅すること」そのものが観光資源となったのである。
花咲線や釧網本線が廃止となれば、この地域にこれだけの観光客を呼び込むことは困難になるだろう。北海道での鉄道路線の廃止加速は、「日本政府が北海道の領有を放棄しているという誤ったメッセージをロシアに対して与えかねない」という声も聞いた。ロシアとの国境問題の最前線に立つ道東地区のこれ以上の衰退を招かないためにも、地域の産業振興に加えて、鉄道の維持・活性化は必要不可欠である。

