Xにも、会見後にこんな投稿が並んだ。
《額と顔で色が違うくらいファンデーション塗ってるね》《菊池風磨顔色悪すぎて目元を境にして色あって無くないか》
数としては多くなく、あくまで一部の声にすぎない。ただ、どちらも注目しているのは、額や目元を境にした「色の差」である。
一方、この件を報じたYahoo!ニュースのコメント欄には、《風磨のやつれ具合みても、他のメンバーも風磨くんだけに頼ってはダメだと自覚もでたでしょう》と、顔を「やつれ」と受け止める書き込みもあった。
やはり見え方は、1つではないようだ。
なぜ受け取り方が分かれたのか
同じ顔が2通りの解釈をされるのは、受け手が先に持っていた「枠」の違いかもしれない。事件の経緯に心を寄せる人は、顔に「憔悴」を見つけやすい。ビジュアルや映り方に敏感な人は、「色の差」に目が向きやすい。人は、自分の見方を「ありのままの現実」だと思いやすく、手元の枠に合う情報を拾ってしまう。
心理学では、肌の色によって、その人が健康そうに見えるかどうかの印象が変わることが知られている(※2)。「顔色が悪い」「やつれて見える」という言葉が出てくる背景には、こうした見方があるのかもしれない。もちろん、実際の体調は画面からはわからない。ここで見ているのは、受け手の目に映った印象だけである。
私たちは顔の第一印象を、無意識のうちにわずか0.1秒で判定している(※3)。この過程で、人は顔を目・鼻・口といった部品の足し算としてではなく、全体の配置や調和として一気に処理していると考えられている。
これを「顔の全体処理(ホリスティック処理)」と呼ぶが(※4)、顔の一部、例えば額と、その下の肌の色味にズレがあると、その部分だけでなく、顔全体が「いつもと違う」と知覚されやすいと考えられる。


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