アーティストを守る経営者
2026年に公開されたマイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』にこんなシーンがある。
「今から10分以内に『Billie Jean(ビリー・ジーン=マイケルの初期のヒット曲)』を放送しろ。さもなくばウチのアーティストを全員引き揚げるぞ!」
マイケルが所属する米CBSレコードの社長、ウォルター・イエトニコフが、黒人アーティストのビデオクリップを流したがらない音楽専門チャンネル「MTV」の創業者ボブ・ピットマンを電話で脅し上げる場面だ。マイケルはこの直後、『Thriller(スリラー)』で「キング・オブ・ポップ」に駆け上がる。1983年の出来事だ。
「10分以内に」は映画の脚色と思われるが、「全員引き揚げる」と言ったのは確かだ、とイエトニコフ自身が後のインタビューで答えている。イエトニコフは所属アーティストの権利を守る経営者だった。
イエトニコフはもともとエンタメ畑の人間ではなく、「ローゼンマン・コリン・フロイント・ルイス&コーエン」という長い名前の法律事務所に所属する弁護士だった。その事務所にはソニー創業者の盛田昭夫が「アメリカのビジネスの師」と仰ぐ弁護士のエドワード・ロシーニが在籍していた。
ロシーニは、ソニーが現地のエレクトロニクス機器販売会社、デルモニコ・インターナショナルとの契約を解消するとき、相手側がふっかけてきた法外な違約金を値切ってくれた恩人だ。「権利と契約で動くアメリカ社会の仕組み」を盛田に教えた。
ロシーニがいたローゼンマン・コリン事務所は、巨大メディア企業CBSなどを顧客に持つ、「知的財産関連に強い」と評判の弁護士事務所だった。73年にはビートルズの元マネジャーがジョン・レノンらを相手に起こした巨額の契約違反訴訟で原告側に立ち世界の注目を集めたこともある。
この事務所にはもう1人、ソニーと縁のある弁護士が在籍していた。ハーベイ・シャインだ。ローゼンマン・コリン事務所でCBSの担当をしていたシャインは著作権・原盤権問題に詳しく、海外レコード会社との契約をいくつもまとめてきた。国際展開を目指すCBSはその手腕を見込み、58年にシャインを引き抜いた。
10年後の68年、日米合弁のレコード会社、CBS・ソニーレコードが誕生するとき、シャインはCBSインターナショナルの社長としてソニーと交渉のテーブルに着いた。このとき盛田に交渉の全権を任された大賀典雄は38歳。シャインは40歳だった。若くしてビッグディールを任された同世代の2人に友情のような感情が芽生えたのは自然なことだった。
この記事は有料会員限定です
残り 4380文字

