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武井壮「見ててくれたんだ…」9歳で別れた母の遺品に涙――底抜けな明るさに秘められた"壮絶な幼少期"

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武井壮
(写真:武井壮公式インスタグラムより)
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武井は小学生の頃には近所の家のゴミ出しを代行して金を稼ぎ、成績トップになれば授業料が免除される学校に入学して、学年1位を取り続けた。新聞の長者番付を見てスポーツ選手なら稼げると知り、自分がスポーツ選手になるための方法を考え始めた。つまり、私たちが後年「異常なほど前向きな人」として見てきた武井の人格は、幼少期の過酷な環境の中で作られたものでもあったのだ。

頼れる大人がいない以上、自分で考え、自分で稼ぎ、自分で能力を高め、自分で人生を設計するしかない。武井壮という人間のたくましさは、恵まれた環境で自然に身につけたものではなく、生き延びるために習得したものだったとも言える。そして、その事実を知ることで、これまでテレビで見てきた彼の底抜けの明るさにも深みが出てくる。

経済的に支えてくれた兄が若くして亡くなる

さらに、彼の人生に大きな影響を与えたのが、兄である情の存在だ。情は壮を高校に行かせるために中卒で働き始めた。その後は俳優を志して、坂上忍の付き人などをしながら少しずつ芸能の仕事をつかみ始めていた。ところが、24歳で末期がんに倒れて亡くなってしまった。

武井は兄の死後、「20代は思い切りスポーツをやり、30代からは兄ができなかった芸能の続きをやる」という思いを抱くようになった。その後、十種競技で日本一となり、30代後半で芸能界に入った。ここまで知ると、武井のキャリアそのものの見え方も変わってくる。スポーツも芸能も、単なる自己実現ではなく、兄が果たせなかった夢を叶えるという意味を持っていた。

そして、多くの視聴者が心を動かされたのが、彼と母親の関係性だった。武井は9歳のときに東京駅で母を見送った。「1週間だけ実家に帰る」と聞かされていたが、列車が出る間際、母は泣きながら武井に謝り、それが最後の別れになった。

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