ドラマなどではよく茶々は秀吉を親の仇として憎んでいた様に描かれますが、そうしたことは微塵も感じられません。「親なし」となったからには秀吉を頼るしかないという覚悟は感じられますが。秀吉の求婚があって、茶々は内心安堵したのではないでしょうか。
悪女とは違う一面を持つ茶々
茶々と言えば「悪女」「豊臣家を滅亡に追い込んだ女性」というようにマイナスイメージで語られることが現代においてもありますが、前述の秀吉とのやり取りを見ていても、交換条件を出すなど、強かで賢明な女性であることがわかります。
秀吉と結ばれてからも、茶々は秀吉のお気に入りでした。天正18年(1590)4月、秀吉は北条氏攻めのため小田原にいましたが、茶々を小田原に呼び寄せます。
秀吉は書状(1590年4月13日付)の中で茶々のことを「きにあい候ようにこまかにつかれ候」(気に合うように細やかに仕えてくれる)と述べているので、そうした気配りや献身的な態度が秀吉の寵愛を得る要因だったと推測されます。
(主要参考文献一覧)
・福田千鶴『淀殿 われ太閤の妻となりて』(ミネルヴァ書房、2007年)。
・黒田基樹『羽柴家崩壊 茶々と片桐且元の懊悩』(平凡社、2017年)。


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