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"大食いコンテンツ"にYouTubeが収益化制限――「完食すればOK」では済まされない問題点とは?

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(写真:flotsam/PIXTA)
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大食いを娯楽として提供しているのはYouTubeだけではない。テレビなど既存のメディアも長年、大食いを人気企画として放送してきた。

例えば、日本テレビ系「有吉ゼミ」では、大食い企画が長年放送されている。26年5月11日の放送では、3.2キロを超える「ギガ盛りジャンバラヤ」、3.3キロを超える「ギガ盛りちゃんぽん」が登場した。「爆食」「ギガ盛り」といった言葉そのものが、料理の量を娯楽として演出している。

「デカ盛り」から「ギガ盛り」へ――。視聴者を驚かせ続けるためには、「もっと大量に」が必要になる。これはYouTubeで再生回数を競う大食い動画と共通する構造である。それを視聴率や広告収入につながるコンテンツとして提供するメディア側の姿勢が問われる。

食べ物は、テレビやYouTubeのために最初から存在する「小道具」ではない。その背後には農業があり、畜産があり、漁業があり、土地や水、エネルギーなどの自然資源があり、それを生産し、運び、調理する人々の労働がある。肉や魚であれば、食材となった動物の命を頂いていることも忘れてはならない。

大食い番組に対しては、「全部食べているのだから食品ロスではない」という反論もあるだろう。確かに、完食すれば食品廃棄という意味での食品ロスにはならない。しかし、それだけで問題を終わらせていいのだろうか。

人間が通常必要とする量を大幅に超える料理をわざわざ用意し、それをどれだけ食べられるかを競わせ、その映像によって視聴率や再生回数を得る。食べ残して捨てることとは違うとしても、食料や資源を大量に消費する行為そのものを娯楽化することについては、持続可能性という観点からも考えてみる必要がある。

韓国で表面化したYouTubeの収益化停止問題は、単なる「大食い動画の規制」という話ではない。限界まで食べる姿を娯楽として見せることが視聴者、とりわけ若年層や摂食障害などの影響を受けやすい人々にどのような影響を与えるのか。そして、再生回数や視聴率を求めるあまり、コンテンツをエスカレートさせていく社会を、どこまで許容するのかという問題でもある。

「全部食べれば問題ない」「見ていて面白ければよい」、あるいは「再生回数が多ければ成功」というだけでは済まされない。人の健康、他人への迷惑、食料や自然資源、そして食材となる動物の生命――。こうしたことにも思いを馳せるべきだろう。

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