しかし、この偉大すぎる歴史こそが、トヨタ社内に分厚い壁を作り上げていた。 センチュリーは誰も手を触れることのできない「聖域」となっていたのである。
「私の中でのセンチュリーは、どこまでいっても『名誉会長(章一郎氏)のクルマ』でした」
そう、豊田章男氏は語る。父・章一郎氏が生涯をかけて愛し、泊まり込みで創り上げたクルマ。その情念の深さを誰よりも知る息子だからこそ、「自分が社長になっても、軽々とセンチュリーには乗れないし、口を挟むべきではない」という強い遠慮と躊躇を抱き続けていたのだ。
ショーファーカーの品格
事実、章男氏が社長時代に好んで自らの足としたのは、センチュリーではなく、「アルファード/ヴェルファイア」だった。約20年前、まだミニバンにショーファーカーの地位はなかったが、章男氏の姿を見たトップたちがこぞってミニバンを採用。今ではしっかりと市民権を獲得している。
しかし、現場を歩く章男氏の耳に、こんな声が届いた。「ミニバンは最高に快適だ。しかし、いざオフィシャルな場へ乗り付けるときには乗っていけず、結局セダンに乗り換えている」と。
ショーファーカーとは、ただ快適な移動オフィスであればいいわけではない。クルマから降り立つ主人の背筋を伸ばし、その品格と誇りを映し出し、美しい所作で主人をより輝かせる「鏡」でなければならない。
かつて、トヨタの本社前には役員たちが乗る黒塗りのセンチュリーがズラリと並んでいたが、ほぼミニバンへと置き換わっていた。そして、世間からは「センチュリーって、まだあったっけ?」と忘れ去られようとしていた。
3代目センチュリーの開発時、開発陣から意見を求められた章男氏は、こう答えた。
「センチュリーは名誉会長のクルマなので、通訳はしてあげます。でも、私に話を聞きたいなら『僕が乗ってもいいセンチュリー』を提案してください」


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