また、アンバサダー時代に大きな蒸溜所で働いたボブさんは、蒸溜所のレイアウトに詳しかった。さらに、クラフトビールのブルワリーを立ち上げた経験から、税務署への申請方法も知っており、蒸溜設備の組み立てをしてくれる工務店ともつながりがあった。当時の様子についてボブさんはこう話す。
「ちょっとしたハードルがあっても、すぐにそれを乗り越えるよう導いてくれる人が現れるんです。だから、『どうしてもやりたい!』というよりも、『もうちょっとやってみたら面白いんじゃない?』と、もうちょっと、もうちょっと、とここまで来た感じです」
まるでパズルのピースが次々とはまっていくように、ここまでのふたりの経験と人脈がつながった。
待ち受けるトラブルを「雄叫び」で受け流す
とはいえ、ここまでまったく困難がなかったわけではない。蒸溜所をどこに建てるかを決めるまでには、1年近くを要した。千葉の他にも埼玉や茨城など、他県を含めて100カ所以上見て回ったという。結局、マイケルさんがもともと住んでいて、明子さんの実家も近い野田市に決めた。
「土地を買ったら、ちょっとずつプレッシャーが出てきたよね」とマイケルさんが話す一方、ボブさんは「でも最終的にうまくいかなければ、土地をまた売っちゃえばいいじゃない」と思っていたそうだ。
建物が完成し、海外のメーカーからオーダーメイドした蒸溜器が届く、というタイミングで、さらにアクシデントが起こる。その頃は、新型コロナが流行り始めたタイミング。本来なら、設備とともにメーカーのエンジニアが海外から来て、日本の工務店の担当者に組み立て方を教えるはずだった。ところが、コロナのため来られなくなったのだ。
「何かあった時に自分たちで分解できるように、組み立てには立ち会おうと思っていました。でもまさか、一から自分たちでやることになるとは思いませんでした」
設備はオーダーメイドで組み立てのマニュアルがないため、自分たちで図面を見ながら工務店の人と一緒に組み立てていった。しかも初日は日本語が達者なボブさんがいたものの、次の日からは京都に出張に行かなければならなかった。
「日本語はへたくそだけど、まあオッケー! って」
マイケルさんは、工務店の人と、なんとかやりとりしながら形にしていった。できたのは、ベルギーの蒸溜所で働いた経験があったからだ。万が一、蒸溜中にアルコールが漏れれば、引火する可能性もある。水漏れしないかを確認しながら、1週間近くかけて、少しずつ組み立てた。


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