卒業後は筑波大学に入り、教育学や日本文学を学んだ。部活はもちろん剣道部に所属し、部内のウイスキーに詳しい先輩から、ウイスキーの美味しさや知識を教わった。
「大学で学んだのは、剣道とドリンキングです(笑)」
ここで学んだ「ドリンキング」が、不動産会社をリストラされた後、再起につながった。そして、サントリーやMHD モエ ヘネシー ディアジオでアンバサダーとして仕事をしているうちに、「自分でお酒を造りたい」という思いを抱くようになる。
2018年4月。酒税法改正で「ビール」の定義が広がり、「これは、クラフトビールのブームがくるぞ」と感じたボブさんは、同年5月にクラフトビールのブルワリーを創業した。
蒸溜所のレイアウト、税務署への申請、工務店の人脈。後に必要になるものは、すべてこの時期に手に入れたという。
映画で観た「忍者」に憧れて
一方のマイケルさんは、1968年、アメリカのカリフォルニア州で生まれた。日本に来るきっかけは、14歳の時に観た一本の映画だった。
「ショー・コスギが出ている忍者映画を観て、『これかっこいい! やりたい!』ってね」
マイケルさんが高校卒業後に選んだ道は、アメリカ空軍。「空軍に入れば、日本に行けると思った」そうだ。ところが、配属されたのはアリゾナだった。「50℃近くまで気温が上がることもあったと思う」というほどの暑い地域。デジタルの温度計は、ある一定温度を超えると「hot」と示していたそうだ。
任期を終え、来日したのは1991年、23歳のとき。母に「戻るつもりはない」と告げると、涙された。それでも、14歳から抱いていた「日本で忍術を学びたい」という気持ちは変わらなかった。


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