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剣道で来日、リーマンショックで"時給数百円"に落ちたアメリカ人が「忍法を学ぶ相棒」と《日本最大級のジン蒸溜器》を造れた訳

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日本最大級のジン蒸溜器を造った、マイケル・ピアスさん(左)と、ロバート・ストックウェルさん
日本最大級のジン蒸溜器を造った、マイケル・ピアスさん(左)と、ロバート・ストックウェルさん(写真:筆者撮影)
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卒業後は筑波大学に入り、教育学や日本文学を学んだ。部活はもちろん剣道部に所属し、部内のウイスキーに詳しい先輩から、ウイスキーの美味しさや知識を教わった。

「大学で学んだのは、剣道とドリンキングです(笑)」

ここで学んだ「ドリンキング」が、不動産会社をリストラされた後、再起につながった。そして、サントリーやMHD モエ ヘネシー ディアジオでアンバサダーとして仕事をしているうちに、「自分でお酒を造りたい」という思いを抱くようになる。

2018年4月。酒税法改正で「ビール」の定義が広がり、「これは、クラフトビールのブームがくるぞ」と感じたボブさんは、同年5月にクラフトビールのブルワリーを創業した。

蒸溜所のレイアウト、税務署への申請、工務店の人脈。後に必要になるものは、すべてこの時期に手に入れたという。

蒸溜所の2階にあるテイスティングルーム(写真:筆者撮影)

映画で観た「忍者」に憧れて

一方のマイケルさんは、1968年、アメリカのカリフォルニア州で生まれた。日本に来るきっかけは、14歳の時に観た一本の映画だった。

「ショー・コスギが出ている忍者映画を観て、『これかっこいい! やりたい!』ってね」

マイケルさんが高校卒業後に選んだ道は、アメリカ空軍。「空軍に入れば、日本に行けると思った」そうだ。ところが、配属されたのはアリゾナだった。「50℃近くまで気温が上がることもあったと思う」というほどの暑い地域。デジタルの温度計は、ある一定温度を超えると「hot」と示していたそうだ。

任期を終え、来日したのは1991年、23歳のとき。母に「戻るつもりはない」と告げると、涙された。それでも、14歳から抱いていた「日本で忍術を学びたい」という気持ちは変わらなかった。

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