ユニクロの社員は、服に対してパッションを持つ人ばかり。対して自分はどうなのか。考えるうちに、「今までずっとアルコールが好きだった」と気づいた。その時、ちょうどサントリーがウイスキー「マッカラン」のアンバサダーを募集しているのを見つける。
「これだ!」
学生の頃からさまざまな本を読んで学び、友人のブルワリーでビールを造った経験も生きる。アンバサダーの面接の際、ボブさんは、思い切った条件を出した。
「もし僕をアンバサダーに採用してくれるのであれば、マッカラン蒸溜所で半年間、働かせてください」
無茶苦茶なように感じるが、これには、ボブさんなりの想いがあった。
「日本のウイスキー好きの方は、製品だけではなく、製造工程にもものすごく興味を持っているなと感じていたので。本場のスコットランドで学んで、職人として知識をつけたほうがいいと思いました」
最初は「そんなプログラムはない」と断られたものの、ボブさんは「これが僕を採用する条件です」と押し切った。3人いた面接官も、顔を見合わせていたそうだ。
面接の結果は、「採用」。「サントリーの『やってみなはれ』の文化があったから、任せてもらえたんだと思います」とボブさんは言う。
約束通り、マッカラン蒸溜所で半年間修業した後は日本に戻り、アンバサダーとして活動した。2年ほど勤めた後、今度はMHD モエ ヘネシー ディアジオ(現在のモエ ヘネシー ジャパン)のアンバサダーにスカウトされ、ふたたび、海外の蒸溜所で修業をさせてもらえることを条件に契約した。1カ月ずつ4カ所の蒸溜所で学び、現在も引き続きアンバサダーを務めている。
大学で学んだのは「剣道とドリンキング」
そもそも、ニューヨーク州生まれのボブさんは、なぜ来日することになったのか。きっかけは、少年時代に出会った剣道だった。高校卒業のタイミングで進路に悩んでいたとき、埼玉県の高校に1年間留学できるプログラムを見つけた。
「日本の高校に行きながら日本語が学べて、剣道もできると思って留学を決めました」
初来日は1996年。最初は日本語がわからず、授業でも剣道部でもちんぷんかんぷん。しかし、不思議と生活にギャップは感じず、2~3カ月すると言葉にも慣れてきた。
「友達ができて、一緒にカラオケに行ったりゲームセンターに行ったり、普通の高校生がするようなことをしていましたね。言葉はCDの歌詞カードを見て、わからない漢字を辞書で調べたりしながら覚えました」


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