その手羽煮を気に入った百貨店の部長から、商品化して販売してはどうかと勧められた。
ところが、当時はまだ「手羽先=名古屋名物」という認識もなく、商品は思うように売れなかった。
何度も販売終了を考えたという「うみぁーっ手羽」に転機が訪れたのは、2001年のことだった。
名鉄百貨店の経営母体である名鉄グループが名神高速道路の尾張一宮パーキングエリアを運営することになり、土産物となる商品を探していた。そこで、百貨店で扱っていた手羽先を販売したいと声がかかったのである。
「当時は百貨店の全盛期だったこともあって、声をかけられた先代はパーキングエリアに置いても売れないと思っていたようです。得意先から頼まれたので、お付き合いという気持ちが大きかったと思います」(石川さん)
愛知万博の公式商品として出した瞬間に一気に売れた
ふたを開けてみれば、常温で持ち運べる「うみぁーっ手羽」は、パーキングエリアとの相性がよかった。徐々に売り上げを伸ばし、さらに大きな転機となったのが、05年に開催された愛知万博(愛・地球博)だった。
万博の公式マスコットキャラクター、モリゾーとキッコロのイラストを使ったパッケージを展開し、公式商品として販売。これをきっかけに、売り上げが一気に伸びた。
「やっぱり万博は大きかったですね。公式商品として出した瞬間に一気に売れました。万博をきっかけに置いてもらえる場所がどんどん増えていきました」(石川さん)


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