当時のお台場といえば、東京都が進めていた臨海部副都心開発基本構想の根幹でもあり、また、1995年に中止が決まった「世界都市博覧会」の会場でもありました。筆者が旅行会社に入社した当時は、まだ都市博の企画が残っていて、誘客キャンペーンが行われていたことを覚えています。
その後、お台場は紆余曲折を経ながら開発が推進され、1995年には東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)が、翌1996年東京臨海高速鉄道(りんかい線)が相次いで開業。りんかい線は2002年には山手線などの大崎駅まで延伸して全線が開業、新宿・渋谷方面と直結する形となり、都心交通の便は飛躍的に向上しました。
「湾岸署」が“空き地署”だった頃
ドラマシリーズが始まった頃の「湾岸署」は、周囲が何もない場所であり、作中でも「空き地署」と呼ばれていました。
それが、映画第2作『レインボーブリッジを封鎖せよ!』の社会現象によって、レインボーブリッジやお台場は不動の人気となり、以来、ドラマや映画の歴史とともに発展して国内外から多くの観光客を集めるスポットに変貌したのです。
ちなみに、テレビドラマシリーズでおなじみの「湾岸署」は、江東区潮見にあるオフィスビルがロケ地となっています。そして映画第3作『THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』では新湾岸署に引っ越しするという設定でしたが、ロケ地となったのは江東区青海にあるレンタルオフィス「the SOHO」でした。
また、2008年には湾岸地区の急速な発展に伴い、警視庁によって「東京湾岸警察署」が設置され、ドラマの世界が現実になったと話題になりました。
東京都港湾局の資料によると、台場地区(台場・青海・有明)への来訪者数(公共交通機関使用者数)は、1998年に2510万人だったのが、映画第2作公開の2003年に4000万人を突破し、2025年には倍以上の5200万人となっています。


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