江戸時代、浄真寺の縁日市(七日市)には参詣客向けの茶屋や煮売屋などが並んだ。
浄真寺では3年に一度、8月16日に「おめんかぶり」が行われていた(2017年から5月5日となり、2024年を最後に4年に一度に変更)。正式には「二十五菩薩来迎会」といい、仏が浄土から現世に救済に現れる様を体現する行事である。上品堂を極楽浄土、本堂を現世と見立ててその間に橋をかけ、菩薩の面をかぶった25人が渡る。これは都の無形民俗文化財に指定されている。
境内のカヤは1952(昭和27)年、イチョウは1963(昭和38)年に東京都の天然記念物に指定された。
明治以前まで「奥沢の底なし田圃」だった
このあたりは水田地帯で、明治以前まで農家ばかりだった。浄真寺は「奥沢の底なし田圃」といわれる深田に囲まれており、大正時代まで鷺草が自生していたという。
水田が広がる九品仏駅周辺の宅地化が進むきっかけとなったのは、耕地整理と鉄道の開通である。
九品仏駅周辺を含む一帯では1925(大正14)年に「玉川全円耕地整理組合」が認可され、1954(昭和29)年にかけて事業が進められた。耕地整理は農地の形を整えるものだが、この一帯は実質的に郊外住宅地として整備されていった。先ほど触れたように、住宅地の道が真っすぐに整っているのはこのためだ。


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