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ライフ #再開発されない街

「ニコタマみたいなタワマンは皆無」「しかし邸宅が多数存在」…世田谷区内でも実は「隠れた高級住宅地」の街の実態

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難読駅名としてよく耳にする「九品仏」はどのような街なのか?
難読駅名としてよく耳にする「九品仏」はどのような街なのか?(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター
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1927(昭和2)年7月に大井町線の大井町〜大岡山間が開通。1929(昭和4)年11月に自由が丘〜二子玉川間が開通し、九品仏駅が開業した。同年12月に、大岡山〜自由が丘間が開通し、大井町〜二子玉川間が全通した。

もともと今の自由が丘駅が九品仏駅という名前だった。九品仏駅の開設に伴って、自由ヶ丘駅(1966年に自由が丘)へ変更された。

大井町線は交通が不便であった玉川村の中心地帯に開通されたものであり、これにより等々力から九品仏にかけて一帯が急速に発展していった。

低層で静かな街並みを残している

かつて九品仏には、浄真寺の池から流れ出て、自由が丘駅の南を通り、緑が丘で呑川と合流する九品仏川という川が流れていた。しかし下水道の普及に伴い、1960(昭和35)年に下水道幹線(暗渠)として利用すると決まった。そして暗渠化され、緑道として整備されている。

九品仏川緑道。歩くと自由が丘に着く(写真:筆者撮影)

しかし、九品仏駅周辺では市街地再開発事業やその他の大規模な開発が行われることはなく、冒頭に伝えたような低層で静かな街並みを残している。

なぜ九品仏は再開発されないのか――。続く後編ではその理由を分析する。

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